37歳女性 StageⅡA HER2陽性タイプの乳がんの治療について(質疑1-2)

37歳女性、T2N0M0 StageⅡA, HER2陽性タイプの乳癌(ER- PgR- HER2(3+))と診断されました。術前薬物療法が必至と言われています。将来の妊娠希望があります。術前、術後の薬物療法の予想される内容、妊孕性温存、頭皮冷却療法も含めて、今後の治療内容、予想される予後についてまとめて下さい。

 以下は、現在得られているエビデンスにもとづく「HER2陽性(ER陰性/PgR陰性)T2N0M0・StageⅡA、37歳、術前薬物療法を予定」ケースの標準的な流れとポイントの整理をしました。

1) 術前(ネオアジュバント)治療の基本

目的は腫瘍縮小とpCR(病理学的完全奏効)達成です。HER2二重標的療法(トラスツズマブ+ペルツズマブ:H+P)にタキサン系を中心とした化学療法を組み合わせるのが標準です。代表例は

  • TCHP:ドセタキセル+カルボプラチン+H+Pを3週毎×6コース
    pCR率は4〜6割台が報告され、二重標的療法併用で特に高まります。pCRを得られた群は長期成績が良好です。

治療中は**心機能(LVEF)**の定期チェック(心エコー等)を行います。H系薬剤の心毒性対策として重要です(製品情報の注意に準拠)。

2) 手術と術後(アジュバント)治療

  • pCR達成時(浸潤癌残存なし)
    術後はH+PあるいはH単剤を継続し、通算1年間の抗HER2療法完遂が基本です。N0症例ではH単剤で完遂する施設もありますが、pCRでもH+P継続を選ぶ施設もあります(施設方針に依存)。
  • 残存浸潤癌あり
    T-DM1(トラスツズマブ エムタンシン)へ切替え、14コースが標準。KATHERINE試験で侵襲性再発・死亡リスクを約50%低減しました(長期追跡でも優越性持続)。

※リンパ節陽性高リスクでは、APHINITY試験によりアジュバントのH+P追加が長期でOS改善を示しました(術前術後の全体戦略を考える資料)。本症例はN0ですが、二重標的の価値を示す根拠として挙げます。

3) 放射線治療

  • 乳房温存なら全乳房照射が基本。
  • 全摘+N0で腫瘍径T2の場合、術後照射は多くの施設で原則不要ですが、断端状況・病理所見で個別判断。

4) 予後の見通し

HER2陽性でも二重標的+適切なパスネオ戦略により再発リスクは大幅に低下pCR達成例では5年DFSが90%前後と良好です。残存ありでもT-DM1でさらなる再発抑制が可能です。

5) 妊孕性温存と妊娠のタイミング

開始前にリプロ外来へ 至急紹介が重要。標準は

  • 胚凍結/未受精卵(卵子)凍結:月経周期にかかわらず「ランダムスタート刺激」で多くは2週間弱で実施可能。国際ガイドラインでも最有力です。
  • 卵巣組織凍結:採卵が難しい場合の選択肢として普及が進展。

化学療法中のGnRHアゴニスト(例:ゴセレリン)併用は、早期閉経リスク低減と妊娠率向上を示し(特にホルモン受容体陰性群で有効性が明確)、生存に悪影響を与えないことが示されています。確立法(凍結)を置き換えるものではなく、併用で上乗せする発想です。

避妊期間:トラスツズマブ/ペルツズマブ/T-DM1/トラストゥズマブ デルクステカン等の抗HER2薬は妊娠禁忌治療中と最終投与後少なくとも7か月は避妊が推奨されます(主要レーベル・公定資料)。よって、妊娠は術後の抗HER2療法完遂から≥7か月以降に検討が安全です。

6) 頭皮冷却(脱毛予防)

固形腫瘍の化学療法では実施可。NCCNでも「考慮」推奨が記載され、有害事象は多くが軽度(寒冷感・頭痛など)。造血器腫瘍など禁忌領域がある点に留意。延長冷却は有効性を必ずしも高めないというデータもあります。導入可否や装置(キャップ)選択、自己負担の有無を施設で確認しましょう。

7) 代表的なスケジュール例(目安)

  1. 妊孕性温存:診断直後〜2週間程度で採卵・凍結(可能なら)。同時にGnRHアゴニスト開始
  2. 術前TCHP×6(約4.5か月)→画像再評価
  3. 乳房手術(温存または全摘+SLNB)
  4. 病理結果で分岐
    ・pCR→H±Pで総治療1年に到達
    ・残存→T-DM1×14
  5. 放射線:温存なら施行/全摘N0は原則不要(個別判断)
  6. 完遂後最終投与から7か月以降に妊娠解禁を主治医と相談。

8) よくある副作用と対策(要点)

  • H+P関連:下痢、皮疹、心機能低下→定期心エコー、下痢対策薬の早期導入。
  • タキサン/カルボプラチン:末梢神経障害、好中球減少→G-CSF一次予防や用量調整。
  • T-DM1:血小板減少、肝機能障害→採血モニタ。

まとめ

  • 術前:TCHPが本命。pCR率が高く、pCRなら予後は非常に良好
  • pCR非達成ならT-DM1で再発抑制を図る。
  • 妊孕性は今すぐ対応:採卵凍結(胚/卵子)+GnRHアゴニスト併用を検討。
  • 頭皮冷却は施行可能(禁忌に注意)。
  • 妊娠は治療完遂後、最終抗HER2薬から≥7か月が安全域。