乳房温存療法の手術方法

手術――乳房温存療法の手術方法

乳がんの手術には乳房を残す乳房温存手術と乳房を全摘してしまう乳房切除手術があります。また乳房温存手術といっても切除範囲を狭くするか、広くするかによって術後の印象は随分ちがってきます。

Ⅰ~Ⅱ期の乳がんでは乳房温存療法が標準的治療

乳房温存療法とは乳房を部分的に切除して、残された乳房に放射線を照射する治療法です。現在、Ⅰ期とⅡ期の乳がんであれば、7割程度の患者さんが乳房温存手術の適応と考えられています。欧米に比べて日本は乳房温存療法の導入が遅れていましたが、今では乳がん治療の半数程度が乳房温存療法だと推測されます。

乳がんの手術の目的は、がんを確実にとり除くことです。ですから、乳房切除手術のほうがその目的にそっているといえますが、たとえ、乳房内に微小な顕微鏡レベルのがん細胞が残っていたとしても、手術後に放射線を照射することでがん細胞を殺すことが多くの場合できると考えられています。

乳房を温存した場合と切除した場合の比較試験が欧米で行われ、一定の条件を満たせばどちらの方法でもその後の生存率に差はないという結果が得られています。

乳房温存療法がふさわしくない場合も

しこりの大きさや乳がんのステージに関わらず、次の場合には乳房温存療法は好ましくないと考えられています。

・乳房内に石灰化が広汎にひろがっていたり、腫瘍が離れて二つ以上ある。

・手術でとり除いた組織の断端にがん細胞があり、10年以内の局所再発率が高いと判断される。

・妊娠している。

・皮膚筋炎や多発性筋炎などのような膠原病(放射線を照射すると皮膚の反応が強く出る)がある。

・乳房に対して腫瘍が大きい。

・本人が乳房温存療法を望まない。

乳房温存手術の切除範囲

乳房を温存する場合でも、腫瘍を中心に1cm程度の安全域をとりながら比較的小さく切除する方法(腫瘤切除術/ランペクトミー)と乳房の4分の1程度をとってしまう方法(4分の1切除術)では術後の外見的な印象は大きく違ってきます。切除範囲が広ければがんを取り残すリスクは小さくなり、局所再発のリスクも小さくなりますが外見的な印象が悪くなるので、実際には前述した2つの方法の中間的な手術が多くの場合行われています。どちらに近い手術をするかは、がんのひろがりなどの条件とともに、患者側の希望も重要ですから、希望事項はあらかじめ主治医に伝えておくといいでしょう。

ハルステッド法 乳がんの手術は長い間、乳房、大胸筋、小胸筋、腋窩リンパ節をすべて切除するハルステッド手術が標準治療とされてきました。1970年代末になって大胸筋を温存する手術でも生命予後に差のないことがわかってきました。現在では、大胸筋にがんが直接浸潤している場合は筋肉を切除することもありますが、いわゆるハルステッド手術は行われていません。

手術――乳房温存療法でのがんの取り残し

乳房温存療法では安全域をつけて手術をしても、取り残しの可能性があります。残った乳房に放射線を照射することで、局所再発率を低下させることができます。

乳房温存療法では放射線照射が必須

前述したとおり、乳がんの手術の目的はがんを確実にとり除くことです。そのために、乳房温存療法ではしこりの部分に安全域をつけて切除するわけですが、それでも、がんを完全に取り除けたかどうか、手術の時点ではわかりません。マンモグラフィーやエコー、MRIなどの術前検査では発見できない微細ながんが残っている可能性がありうるのです。

そこで、切除した組織の断端を、顕微鏡でがんがないかどうか調べます。そこにがんがなければ、がんをとりきれている可能性は高くなりますが、がんのすべてが連続して広がっているわけではありません。細かく検査をすれば見落としは減らせますがゼロにはなりません。断端にがんがあった場合は、手術後の乳房内の局所再発率が高くなりますが、がんがないと判断された場合でも、手術だけでは40%くらいの確率で局所再発するというデータもあります。

乳がんは放射線に対する感受性が高いので、乳房に放射線をかけることで微細ながんを死滅させることができます。放射線照射により、局所再発率はかけない時の4分の1にまで低下するといわれています。このため乳房温存療法は放射線照射とセットの治療法であると考えるのが一般的です。

取り残しがあるときは再手術

手術によって切除した組織の断端にがんが見つかった場合、原則として再手術をすることになります。その際、乳腺に余裕があればもう1度乳房を温存する方法も可能です。この場合も、再度切除した断端にがんがあるかどうかの病理検査を行い、それでがんがみつからなければOKということになります。乳房をかなり大きく切除し、これ以上取ると美容的に乳房を残す意味が薄れる程度まで切除したにも関わらずがんが断端に残ってしまうような場合は乳房の全摘が勧められます。ただ断端陽性でも放射線をかけることで案外再発しないこともあり、リスクを承知で乳房を残すこともひとつの選択肢にはなりますが、その場合は全摘、乳房再建という別のアプローチとの比較検討がなされます。

がんは局所再発しても生命予後は変わらない?

誰だって、手術を受けた乳房内に乳がんが再発して平然としていられるわけはありません。たとえ局所であっても、再発=命とりと考えてしまいがちです。ただ、局所再発については、その後の生命には影響しないという考え方もあります。 がんで死亡するのは、ほとんどが遠隔転移によるものです。乳がんには早い段階から遠隔転移するものがありますが、遠隔転移するかしないかは、がんとその患者さん個人の免疫の力関係で決まることで、局所再発は生命を左右しないというのです。そして、がんが発見された時点では、遠隔転移するようながんはすでに転移を起こしているので手術方法は予後を左右しないという考え方も成り立ちます。 一方局所再発した乳がんが新たに転移する能力を獲得することもないとはいえません。最初はおとなしい乳がんだったのに時間的な経過とともに悪性度を増すことをまったく否定することはできません。ですから、局所再発を過剰に恐れるのもこれまでのデータからみて適切ではありませんが、極力局所再発を防ぐ努力をしたほうが無難だと考えられています。