2008年1月:雑誌原稿より

マンモグラフィ検査と超音波検査の最新情報

乳がんの治療に関する考え方は、ここ1~2年でも急速に変わっている。検査の状況も、ここ数年でかなり変わった。まずは検査について見ていこう。
虎の門病院の乳腺内分泌外科部長である川端英孝さんによると、数年前までは、しこりに気がつくなど、何らかの自覚症状を訴えて来院し、それがもとで乳がんが発見されるケースが多かった。ところが近年は、マンモグラフィ検査によって、乳がんが発見されるケースがとても増えているという。

マンモグラフィ検査とは、乳房を装置に挟んで圧迫し、X線撮影をする検査のことである。乳がんなどがある場合、石灰化病変が見 つかり、これによって、触診では見つからない小さながんが発見できることがある。マンモグラフィ検査は近年、自治体による検診や人間ドックに急速に導入されている。
ただ一方では、マンモグラフィ検査では見つけにくい乳がんもある。特に、20~30代の比較的若い層には、マンモグラフィ検査よりも超音波検査(エコー検査)のほうが望ましいと聞くが、実際はどうなのだろうか。

「一般的には、20~40代の人は、超音波検査のほうが乳がんを発見しやすいといわれています。若い層では、超音波検査で乳がんが発見されるケースが多いというデータはあるし、私も、個人的にそのような印象を持っています」(川端さん)。
ただ、超音波検査をすることで、乳がんが早期発見され、なおかつ死亡率も下がるといったレベルのデータはまだないという。だが、そもそも医学データには、根本的について回る問題があると川端さんは指摘する。

「医学データは、結果が出るまでに5年、10年、15年、場合によってはそれ以上の期間を要します。これは検診の場合も同様で、死亡率との相関関係などの結果がわかるまでには相当の期間がかかる。だから、たとえば今のマンモグラフィ検査に関するデータは1970年代のものだったりします。でも当時の装置と今の装置とでは、性能が大きく違う。リアルタイムのデータは出にくいのです」
さて、もう1つ大切なことは体型で、太り気味で、乳房が大きめの女性にはマンモグラフィ検査のほうが適している。やせていて、脂肪の少ない女性には、一般的には超音波検査が向いている。

乳がんの検査には、マンモグラフィ検査と超音波検査のほかに、視診・触診がある。これらの検査で乳がんが疑われる場合には、細胞診や組織診などの精密検査が行われる。
細胞診は注射器で腫瘍の細胞を取り出し、良性か悪性かを調べる方法である。細胞診は簡便ではあるが検査の確実性が劣るため、最初から組織診を行うことも多い。これは、太い針をがんが疑われる場所に刺して、その組織を調べる検査(針生検という)である。

進歩したMRI検査 ホルモン受容体と乳がんの関係

乳がんと診断されたら、手術法などを決めるために、CT(コンピューター断層撮影)検査やMRI(磁気共鳴画像法)検査などが行われる。近年はとりわけMRI検査の精度が上がっているため、この検査の結果によって、手術などの治療計画が立てやすくなった。
女性ホルモン受容体の有無を調べる検査も重要である。そもそも、このホルモン受容体とはいったい何なのだろうか。

「ホルモン受容体は患者さん自身の特性ではなく、患者さんにできたがんの特性です。つまり、がんのタイプ。そのため、ホルモン受容体は乳がんの組織から調べます」(川端さん)
乳腺組織はエストロゲンという女性ホルモンによってコントロールされている。思春期になり、エストロゲンが増えると、乳房が大きくなる。妊娠・出産し、授乳するようになると、エストロゲンはいっそう増え、乳腺組織もさらに発達する。その後、年齢を重ねると、エストロゲンの量は低下し、乳腺は退縮、やがて閉経を迎える。このように、エストロゲンがなくなると、乳腺はしぼんでしまう。

乳がんは乳腺組織から派生した、いわば乳腺組織の分家、あるいは乳腺組織の変種ともいえるものだ。ということは、乳がんは乳腺に特有の性質を有している。つまり、エストロゲンが増えていると、がんは増殖するし、エストロゲンを断ち切ると、がんは減少する。乳がんのこの性質を利用したのが、抗エストロゲン剤などのホルモン療法である。ただし、すべての乳がんにホルモン受容体があるわけではなく、乳がん全体のおよそ7割にホルモン受容体があるといわれる。

ホルモン受容体のない、およそ3割の乳がんには、ホルモン療法はほとんど効かない。そして、このタイプの乳がんは、エストロゲンのコントロールからはもはや逸脱してしまっているととらえることもできる。

HER2受容体に異常があれば、ハーセプチンが功を奏す

乳がんの中には「HER2受容体」に異常が認められるものがある。HER2受容体とは、たとえれば、細胞のアンテナのようなものである。アンテナに、たとえば「増殖せよ」という命令が届くと、それが細胞核に伝えられ、核分裂を起こし、細胞は増殖する。乳腺細胞に「細胞を分裂させなさい、増殖させなさい」という命令が来たときだけ、乳腺細胞は増えていく。

ところが、このHER2受容体に異常があると、いわばアンテナが壊れ、常にスイッチが入ったような状態になり、命令が何も来なくても、勝手に細胞が分裂・増殖してしまう。
20-25パーセントほどの乳がんは、このHER2受容体に異常をきたしている。何の命令がなくても、細胞は勝手にどんどん増殖してしまうのだから、がん細胞の増殖スピードは、HER2受容体が正常な乳がんよりも速い。

HER2受容体の検査には、ハーセプテストとFISH法がある。  ハーセプテストは、乳がん細胞の表面に現れたHER2タンパクを免疫染色して検査する。HER2タンパクは0、1+、2+、3+の4段階に分けられ、0と1+は陰性、3+を陽性と規定している。
2+は陽性とも陰性ともいえない。ハーセプテストで2+と出た場合には、より精度の高いFISH法を行い、診断を確定する。ハーセプテストの2+をFISH法で調べ直すと、結局、2~3割が陽性になる。  FISH法のほうが精度が高いのなら、初めからこの方法で検査をすればよさそうなものだが、FISH法はコストが高いため、原則としてハーセプテストが採用されている。

HER2受容体に異常が認められた乳がんには、ハーセプチン(一般名トラスツズマブ)という分子標的薬が効果を発揮する。ハーセプチンはたとえれば、壊れて、常にオンの状態になったアンテナをオフにして、増殖しようとするがん細胞を抑えつける。このハーセプチンが登場して以来、乳がんの治療法は大幅に広がったと川端さんは言う。
ハーセプチン治療は、本稿の執筆時点では、再発した乳がんにのみ保険が適応されるが、今年の春ごろまでには、再発以外の乳がんにも保険が適応される見通しである。

新たな局面に入ったセンチネルリンパ節生検  

乳がんが最初に転移する可能性の高い腋窩(脇の下)のリンパ節を1~2個だけ切除し、がんを調べる検査がある。これを「センチネルリンパ節生検」といい、近年では、多くの乳がん患者がこの検査を受けている。

リンパ節転移の有無はこれまで、乳がんの手術をする際に、同時に腋窩のリンパ節郭清(周りの脂肪と一緒に、リンパ節を切除すること)をして調べることが多かった。しかし、腋窩リンパ節郭清を行うと、リンパ浮腫や腕の違和感を訴える人も少なくなく、QOL(生活の質)のある程度の低下は避けられない。だが、センチネルリンパ節生検では、こうした後遺症はかなり軽減できる。

そのため、センチネルリンパ節生検が行われるようになったのだが、腋窩リンパ節郭清と比較した確たるデータはまだ出ていない。ただし、「再発する頻度は、従来の腋窩リンパ節郭清に比べ、特に変わらない」(川端さん)のが現状だから、センチネルリンパ節生検は勧められる検査といえるだろう。

これまでは、センチネルリンパ節生検の結果、転移が認められれば、ほかの場所にも転移がある可能性が大きいと考えられ、その後、リンパ節郭清が行われていた。この傾向は今も変わらないが、最近では、さらに議論が進み、センチネルリンパ節生検で転移が確認されても、必ずしも郭清する必要はないという意見も出始めている。

「センチネルだけに転移のある人が60パーセント程度というデータがある」(川端さん)というから、それらの人はリンパ節郭清をしても、そこには転移がないことになる。センチネルリンパ節生検を巡る考え方も、新しい局面に入ったようだ。

個別治療の時代に入った

 ごく大ざっぱに言えば、1990年代は抗がん剤の大量投与を目指した時代だった。乳がんは全身病であるという認識のもと、再発の可能性のある人には、抗がん剤を無差別に、かつ大量に投与する方向で完治を目指していた。しかし大量投与はあまり効果がなく、また抗がん剤の適応を広げすぎたのではという反省期に入ってきた。2005年5月のハーセプチンの劇的な再発抑制効果が発表されて以降は、がんの性質を考え、その性質に応じて、ターゲットを絞った治療をするように変わってきた。

すでに書いたように、ホルモン受容体がある人にはホルモン療法を、HER2が陽性の人にはハーセプチンを行うのが、近年の治療の主流になっている。これは、個々人の患者に応じた、オーダーメイド医療ともいえる。

とはいえ、抗がん剤治療もこれまでどおり行われている。抗がん剤治療は3種類、ないしは2種類の抗がん剤を併用する多剤併用療法が主流である。手術の前か後のいずれに行うかは、それほど治療効果に差はない。  乳がんにとって、抗がん剤治療は今でも重要な治療法だが、かつてのような「腫瘍径1cm以上の浸潤癌にはすべて抗がん剤治療をしたほうがいい」という考え方は、今はしなくなった。

以上のように、現在の内科的な治療は「ホルモン療法」「ハーセプチン」「抗がん剤」が3本柱といえる。  一方の治療の主役は手術、放射線だ。乳がんと診断されれば、原則として手術が行われる。では、どのような手術が行われるのだろうか。 「手術は、可能であれば、乳房温存療法を行うのが基本です。乳房を部分的に切除して、がんを取りきれるのであれば、原則として乳房の温存を行います。乳房の3割を切除してもがんを取りきれないと判断される場合には、全摘になります」(川端さん)

乳房温存療法を行った場合には、原則放射線療法を術後に行う。近年は3次元照射など、新しい照射法の研究が進んでおり、照射回数を減らしたり、照射野を絞ることで、より負担の少ない方法が導入されようとしている。また、全摘手術になった場合には、乳房再建を同時に行うことも後日行うことも可能である。

「多くのがんは治療後、5年経って再発しなければ、治癒したと考えられるが、乳がんは20年ほど経過を観察する必要がある」(川端さん)ことも、ぜひ覚えておきたい。