2007年3月:雑誌原稿より

日本では年間約4万人が乳がんにかかっており、年々増加する傾向にある。  女性にとって乳がんは、直視するのがもっともこわい病気のひとつ。その理由は、「乳がん」=乳房全摘出というイメージに負うところが大きい。 しかし、現実はかなり変化してきており、いまや乳房が残る治療のほうがスタンダードなのだ。そこで、乳がん治療の最前線はどのような状況であるのか、虎の門病院(東京都港区)乳腺内分泌外科部長の川端英孝先生にきいた。

 90年代くらいまで、乳がんにかかった場合、乳房全体を切除するか温存するかが大きな問題となった。しかし現在は、切除する範囲を小さくして乳房を残す「乳房温存療法」が主流となっている。 「乳がんのタイプや進行度にもよりますが、患者さん全体のだいたい70%が温存療法です」(川端先生)。  つまり、乳房が残る人のほうが、圧倒的に多い。  さらに乳がんの治療を考える上で重要なのは、腋窩リンパ節をどの程度切除するのかということ。これについても、新しい検査法により、以前より確実に、リンパ節を広範囲に取り除いたほうがいい場合とそうでない場合が識別できるようになってきている。

そもそも乳がんは どこにできる?

乳房は、乳頭を中心に15~20の乳腺腺葉が放射状に広がって並んでいる(イラスト1)。個々の乳腺は、それぞれ小葉に分かれ、乳管でつながっている。授乳期になると、乳汁が小葉にたまり、乳管を通って乳頭から出て行く。 「がんはこの小葉や乳管内に発生し、それぞれ小葉がん、乳管がんと呼ばれます。そして、がんが乳管や小葉の中にとどまっているものが乳管内がん、小葉内がんで、これは非浸潤がんの段階。一方、乳管や小葉の壁を突き破って外側へ出てしまったものを、浸潤がんといいます」(川端先生) がんのステージでいえば、非浸潤がんが0期、浸潤がんは1~4期まである(表○参照)。乳がん患者の8割近くは、1期か2期までの段階で見つかり、このステージの患者への治療法は、まず手術が選択される。

温存療法に適したがん、適さないがん

 乳がんの進行には二つのタイプがある。一つは、局所で浸潤して大きくなっていくタイプ、もう一つは乳管の中を伝わって広がっていくもの(乳管内進展)。 「乳管内をはって広がっていくタイプは、たとえ0期で発見されても、温存療法は無理な場合があります。この場合、がんをすべてとるには、乳房を広範囲に取り去ることになり、これでは、術後、〝意味のある乳房〟を残すことがむずかしいからです」(川端先生)  一方、局所で大きくなっていくがんは、比較的、温存療法が可能であることが多い。たとえかなり大きくなっていても、あらかじめ抗がん剤で小さくしてから手術をすることもできる。 つまり、乳がんの場合、病気の進行度と手術の方法が必ずしも比例するわけではないのだ。早期でも、がんが乳房内に広範囲に広がっていれば、全摘出の適用となる。 「温存手術として意味があるのは、摘出部分が乳房の3分の1にとどまるところまでです。ただ、患者さん本人が、かなり変形してもよしとするか、あるいはがんが多少残ったり再発する危険性があっても残したいと考えるがどうかで、温存できる範囲も変わってきます」(川端先生)  乳がん患者全体の中では、乳管の中を広範囲に広がるタイプは、だいたい25%くらい。残り75%は、がんが局所で大きくなるタイプだという。

乳がんの標準的な治療法とは

 乳がんには、大きく分けて3つの治療法がある。まず外科的な手術によってがんを取り除く治療法、放射線によってがんを死滅させる治療法、そして薬によってがんを抑える薬物療法だ。これらを病状によって組み合わせて、治療のプログラムが決められる。  外科的な治療法である温存療法は、放射線による治療とセットで行われる。 まず、手術では、乳房のしこりを中心に周囲を1~2㎝程度外側まで切除する方法が採られる。さらに、浸潤がんの場合、腋窩にあるリンパ節を切除し、転移の有無を調べる。どれくらいのリンパ節を切除するかは、がんの進行度により異なる。最近では、この段階で「センチネルリンパ節生検」(コラム参照)という検査を行う医療機関が主流となっており、がん細胞がリンパ節まで転移しているかどうかを術中に検索する。 そして、手術後、放射線治療を追加する。これは、手術ではとりきれなかった微細ながん細胞が乳房に残っている可能性があるため。乳がんは、放射線が効きやすいがんのひとつで、これにより乳房内での再発を防ぐ。

より新しい治療法はどう判断する?

 前述の「標準的な治療法」に加え、近年では、健康保険が適用される内視鏡を用いた手術、さらに保険は不適用だが、手術せずに、超音波によってがんを焼き切る「集束超音波療法」、ラジオ波によってがんを死滅させる「ラジオ波熱凝固療法」などがある。手術によるダメージをできるだけ軽くできるのであれば、こうした治療法もよさそうに思える。このあたりをどう判断すればいいのだろうか。
「乳がんの内視鏡手術には、まだまだ多くの問題点が残されています。一番の問題は触診によって腫瘍の中心を確認することが難しい点にあるだろうと思います。こうした問題もあって、内視鏡手術を実施している病院はまだ少数にとどまっています。 」(川端先生)。

では超音波やラジオ波は?

「超音波やラジオ波というのは、いわば局所を焼いてがんを取り除く治療法。乳管を進展するタイプのがんには、治療として不適切と考えられています。乳がんは、局所で大きくなるタイプだと思っていても、切除した病巣を調べると、がんが端のほうへむかって延びていることがわかるケースがあります。これは手術をして初めてわかることで、超音波やラジオ波では、がんを残してしまいます」(川端先生)
ただ、これらの治療法でがんをすべて焼き切れる患者がいることも事実。そういう人をどう選別するのか。  「CTやMRIなどを用いて判断していきますが、確実に選別することはできません。したがって、そういう新しい治療法は、ごく初期の段階でがんが見つかり、その上どうしても手術をしたくないという人へのオプションと考えられています。現時点では、ある程度オーソライズされた治療法で治していくほうがいいでしょう」(川端先生)  

乳がんにかからないようにするには?

 先ごろ、乳がんと生理、体格との関連を調査していた厚生労働省の研究班が、「初潮が早い」「背が高い」女性は、そうでない女性に比べ、乳がんにかかるリスクが大きいという調査結果を発表した。リスクが、「初潮が14歳以下」は「16歳以上」に比べて4倍に、「身長160㎝以上」は「身長148㎝以下」に比べ、閉経前で1.5倍になるというもの。
 だが、いまさら初潮の年齢や身長は変えられるものではない。リスクを自力で管理できない以上、こういう結果を告げられてもむなしい気もするが……。
「乳がんは、リスクファクターをあまり議論してもしかたないでしょう。乳がんに〝かなりかかりやすい人〟はいても、〝きわめてかかりにくい人〟はいません。みなさん気をつけたほうがいいということです」(川端先生) がんの予防には、①がんにかからないようにする(一次予防) ②早期の段階で発見して治す(二次予防) ③かかってからいかによい治療で治すか(三次予防)の3段階がある。
「乳がんの一次予防として現実的なことは、ホルモン補充療法を安易に行わないことぐらいだと思われます。それよりは、早期の治る段階で見つけることのほうが重要でしょう。そのためには検診を受けることです。 経験則から言えば、40歳以上の人は、年1回、マンモグラフィとエコーを併用して受けるのがいちばん有用と思います。40歳以下の人は、エコー単独でいいと思います」(川端先生)

 現在の日本では、乳がん患者は、新しくてかつ良い治療法を取り入れる医療機関へかなり集中している。つまり、旧態依然とした治療法のままの医療機関は、どんどん淘汰されている。
「以前は温存療法を実施している施設が限られていましたが、今は日本全国どこに住んでいても地域のがん拠点病院などで、一定水準以上の適切な治療を受けることができます。特定の施設へ患者も医療者も集中し、レベルアップが図られるという動きがけっこうなスピードで進んでいます」(川端先生) とのこと。
 たとえかかったとしても、必要以上におそれなくてもいいようだ。

コラム「センチネルリンパ節生検」とは

「センチネル」とは「見張り」という意味で、「センチネルリンパ節」とは、その名前のとおり、乳房周囲のリンパ節の中で、がん細胞がいちばん最初にたどり着くリンパ節をさす。
ここを切除してがん細胞がんみつからなければ、その先のリンパ節にも転移していないと判断され、センチネルリンパ節以外のリンパ節は残される。これにより手術の後遺症は格段に軽減される。
「この検査をするには、微量の放射性同位元素を用いることや、(手術中の)迅速診断など病理的なバックアップが必要となります。このため外科医の技術だけではなく、病院としての総合力が重要となります。」(川端先生)