乳がん術後のリンパ浮腫(2)

Ⅵ リンパ浮腫
1.定義 
リンパ浮腫は,何らかの原因によりリンパの流れが阻害され,高濃度のたんぱく質を含んだ組織液が組織間に貯留した状態のことであり,「an external (or internal) manifestation of lymphatic system insufficiency and deranged lymph transport」と国際リンパ学会で定義されている1)。

2.病態生理
人間のからだの60~70%は水分であり,細胞内と細胞外に2対1の割合で分布している。その細胞外液は血液,組織間液,リンパ液に分類される。毛細血管の動脈側から漏出した水分,たんぱく質,電解質は,大半は毛細血管の静脈側に吸収されるが,一部はリンパ管に吸収され,リンパ流として静脈へ還流する。このたんぱく質に富んだ体液がリンパ液である。リンパ管が機械的または機能的に閉塞したり狭窄したりするとリンパ流は停滞し,リンパ管内に吸収できなかったたんぱく質が組織間に貯留する。その結果,浸透圧により血管内の水分が組織間隙に引き込まれ,浮腫を形成する。これがリンパ浮腫の実態である(図2-●)。
(リンパ浮腫の病態のイラスト新規作成して挿入。下図は参考図)

図2-●リンパ浮腫の病態
(A) 正常 (B) 浮腫 (C) リンパ浮腫

(A)組織間隙からの水分の回収は静脈が90%,リンパ管が10%を担っている。
(B)余剰となった水分が正常に回収されず,組織間隙にたまっている状態を浮腫という。
(C)組織で余剰となったたんぱく質と水分が正常に回収されず,高たんぱく性の体液が組織間隙に貯留している状態をリンパ浮腫という。

3.原因疾患
リンパ浮腫は,原発性と続発性に分類される。前者は原因が明らかでない特発性と遺伝子異常に伴う先天性とに分かれる。後者はリンパ管の炎症や,腫瘍の浸潤,手術などによるリンパ流のうっ滞が原因となって浮腫が生じるもので,様々な原因疾患がある。内分泌疾患では甲状腺機能低下症,クッシング症候群などがある。
全世界的にはフィラリア症(蠕動によって動く寄生蠕虫(ぜんちゅう)フィラリアの感染症)の占める割合が多いが,先進国ではがんの治療のための手術(リンパ節郭清術)や放射線照射に伴うリンパ浮腫が多い。

4.程度・分類
国際リンパ学会では,皮膚の状態によりリンパ浮腫を下記のように4つの病期に分類している。そのほか,片側性のリンパ浮腫に対しては左右差の程度による分類がある1)。

0 期 リンパ液の輸送に障害が見られるが,浮腫が明らかでない無症候性の状態
Ⅰ期 たんぱく成分が多い組織間液の貯留が見られるが,初期であり,四肢の挙上により症状が消失する。圧痕がみられることもある
Ⅱ期         (Ⅱ期後期) 四肢を挙上しただけでは組織の腫脹が改善しなくなり,圧痕が明瞭になる    (組織の線維化を伴い,圧痕が消失する)
Ⅲ期 圧痕を伴わないリンパ液うっ滞性象皮病のほか,表皮肥厚,脂肪沈着などの皮膚変化も伴うようになる

5.治療・対処法

1リンパ浮腫の予防
リンパ浮腫は一度発症すると完治が困難であるが,発症前すなわち0期の段階での適切なリスク管理は発症の予防効果があることが知られている。リンパ浮腫発症のリスクとなる腋窩リンパ節郭清手術あるいは腋窩照射を受けた患者に対しては,①リンパ浮腫の原因と病態,②発症した場合の治療選択肢の概要,③日常生活上の注意,④肥満,感染の予防,などを網羅して個別に指導を行うことが重要である。

1リンパ浮腫発症後の治療
 リンパ浮腫の発症後(I期以降)は,複合的理学療法が重要であるが,引き続き前述の日常生活での予防対策も併用していく必要がある。リンパ浮腫に対する治療は,複合的理学療法に日常生活上の注意を含めて「複合的理学療法を中心とする保存的治療」と呼ばれるようになっている。
1) 複合的理学療法
①用手的リンパドレナージ
皮膚表面の浮腫液が深部のリンパ系にドレナージされるよう促すマッサージのことである。からだの末梢側から中枢側に向かって,手のひらを皮膚に密着させて表皮をずらすような感覚で行う。強く揉むと炎症が起こったり皮膚を傷つけたりすることがあるため,優しく軽く行うことが重要である。正しいドレナージ法の患者指導が重要である。
② 圧迫療法
目的は,リンパドレナージにより細くなった患部を細いままに維持することである。外から圧を加えることにより,組織間に漏出してくるリンパ液の圧に対抗する。これには,弾性ストッキング・アームスリーブの着用や,弾性包帯によるバンデージが必要になる。日常生活でも使用していくため,適切な圧で使用することが重要である。
③ 圧迫した状態での患肢の運動
患側を安静に保つのではなく,弾性ストッキング着用やバンデージをした状態で,無理のない範囲内で適切な運動を行うことがリンパ流の促進のため重要である。
④ 患肢の清潔
皮膚の清潔と保湿を保つことが感染の予防となる。
リンパ浮腫の際に最も気をつけるべき感染は蜂巣炎(ほうそうえん)である。リンパ浮腫の状態では組織間にたんぱく質と水分が過剰に貯留し循環が悪化しており,わずかな細菌が侵入しただけでも繁殖しやすい環境となっている。細菌が四肢に広がり強い炎症が起こることで,血管壁の透過性が亢進し,さらに浮腫が悪化する。皮膚の発赤,腫脹,疼痛を認め,発熱を伴うこともある。蜂巣炎の治療では患肢の挙上と冷却,抗菌薬の投与を行う。再発が多いため,十分な抗菌薬治療が必要である。

以上のように,治療の基本は保存的治療であるが,悪化を防止できず象皮症になってしまった場合や保存的治療抵抗性で日常生活に支障がある場合は,外科的治療(リンパ管静脈吻合術など)を考慮する。