トリプルネガティブタイプの早期乳癌の特殊型の解説、またその薬物療法の内容について
1.特殊型トリプルネガティブ乳癌(TNBC)とは
通常のTNBC(浸潤性乳管癌NST・高悪性度)とは生物学的に異なる低悪性度群が含まれ、再発リスクが低く化学療法を縮小できる可能性があります。一方で化学療法感受性が低い型もあり、病理診断の精度が治療方針を大きく左右します。
-
腺様嚢胞癌(Adenoid cystic carcinoma; AdCC):TN表現型が多いのに長期予後は良好。小腫瘤・リンパ節転移(-)なら手術±放射線で管理され、全身化学療法は個別判断。近年のレビューでも「過剰治療回避」を示唆。
-
分泌癌(Secretory carcinoma):ETV6–NTRK3融合が高頻度。早期では予後良好。再発・進行例でNTRK阻害薬(例:ラロトレクチニブ/エヌトレクチニブ)という腫瘍横断的治療の選択肢が生じます。
-
低悪性度腺扁平上皮癌(LGASC):メタプラジア癌の一亜型だが臨床経過は緩徐。局所再発はあり得るが遠隔・リンパ節転移は稀で、T1N0なら過大な全身治療は慎重に。
-
線維腫症様メタプラジア癌(Fibromatosis-like):同じ“メタプラジア”でも良好な予後で局所再発に注意。全身化学療法は個別化。
-
Tall cell carcinoma with reversed polarity(TCCRP):多くがTN表現型で非常に穏やか。報告集積でも再発率は低く、術後無治療〜最小限治療で経過良好の例が目立ちます。
-
アポクリン癌(Triple-negative apocrine carcinoma; TNAC):アンドロゲン受容体(AR)陽性が典型。術前化学療法の効果は乏しい一方、全体予後は比較的良好という傾向。
-
腺房細胞癌(Acinic cell carcinoma):希少で多くがTN表現型。低悪性度成分が主体なら穏やかだが、高悪性度成分を伴うと振る舞いはNST-TNBCに近づくため、病理の詳細読解が重要。
実務上の示唆:「小さい腫瘍径・リンパ節転移陰性・低悪性度の特殊型」では、化学療法の省略や縮小も検討。逆に高悪性度のメタプラジア癌は化学療法感受性が低めで、標準強度の全身治療や臨床試験の優先度が上がります。
2.早期TNBCの薬物療法(病期別の基本線)
2-1 腫瘍径・リンパ節転移に基づく一次方針
大規模ガイドライン・総説では、T1N0の扱いは概ね以下の整理です。
T1aN0(≤5mm):原則化学療法なし、T1bN0(>5–10mm):検討、T1cN0(>10–20mm)またはリンパ節転移陽性:化学療法推奨。
特殊型の“例外”:前述のAdCCやLGASC、TCCRPなど低悪性度で小型・リンパ節転移陰性の症例は、上記の一般則よりさらに縮小できる余地があり、病理再評価とカンファレンスが有用です。
2-2 病期II–IIIの標準:術前ペムブロリズマブ+化学療法 → 術後もペムブロ継続
KEYNOTE-522は、パクリタキセル+カルボプラチン→(アンスラサイクリン+シクロホスファミド)の術前化学療法にペムブロリズマブを併用し、術後もペムブロで完了する設計で、pCR・EFSに加えOSも有意改善を示しました(60か月OS 86.6% vs 81.7%)。PD-L1判定は不要。現在、病期II–IIIの標準です。
2-3 術前治療後の“仕上げ(術後アジュバント)”
-
pCR達成:そのままペムブロリズマブを規定期間まで継続。
-
非pCR(残存病変あり):
-
カペシタビン追加(6–8サイクル)。CREATE-XでDFS/OS上乗せが確立。
-
gBRCA1/2陽性かつ高リスク:オラパリブ1年。OlympiAの長期追跡でもOS含め有意な利益が持続。
-
併用か順次か:ペムブロ・カペシタビン・オラパリブの三者同時併用エビデンスは限定的で、骨髄抑制など有害事象の重複にも注意。**通常は順次(シーケンシャル)**投与が安全です(施設方針に従う)。エビデンス自体は上記個々の試験で確立。
2-4 術後一次化学療法(術前治療を行わない病期Iなど)
**ddAC→T(アンスラサイクリン→タキサン)やTC×4(ドセタキセル+シクロホスファミド)**が代表的レジメン。プラチナは術前上乗せの文脈で用いられることが多く、術後一次治療でのRoutineではない位置づけです。
3.特殊型×薬物療法の実務ポイント(早期例)
-
病理の確定が最重要:特殊型の同定で方針は大きく変化します。AdCC/LGASC/TCCRP/一部Acinicなどは小型・リンパ節転移陰性なら化学療法省略や縮小を検討し得ます。疑わしい場合は病理セカンドオピニオンを。
-
メタプラジア癌の扱い:MpBC全体は化学療法のpCR率が低め。ただし線維腫症様など低悪性度亜型は別群として扱い、局所制御重視+過剰化学療法回避を検討。一方、高悪性度メタプラジアは免疫併用を含む標準強度で。
-
遺伝学的検査:gBRCA1/2はオラパリブ適応を左右。NTRK融合が同定された分泌癌などでは、再発・進行時にTRK阻害薬が腫瘍横断的適応で検討可能。
-
T1N0の匙加減:一般則はT1aなし/T1b検討/T1c推奨だが、低悪性度特殊型ではさらに縮小、逆に高悪性度・Ki-67高値・若年などは積極治療寄りに。患者背景・希望と合併症リスクも必ず加味します。
4.まとめ
-
特殊型TNBCには、AdCC・分泌癌・LGASC・TCCRP・一部Acinicのように低リスクで化学療法縮小を検討可能な群が存在します。一方、メタプラジア癌全般は化学療法感受性が相対的に低く、プラニングが重要です。
-
病期II–IIIの標準は、術前ペムブロ+化学療法→術後もペムブロ(KEYNOTE-522:OS有意改善)。残存病変にはカペシタビン、gBRCA陽性高リスクにはオラパリブ1年がエビデンス確立。
-
T1N0はT1aなし/T1b検討/T1c推奨が基本だが、低悪性度特殊型では過剰治療回避の余地。病理レポート(型・サイズ・節・グレード・Ki-67・融合遺伝子等)をもとに個別最適化が鍵です。