放射線療法

高エネルギーの放射線で遺伝子を傷害

 放射線治療は、高いエネルギーのX線でがん細胞の遺伝子を傷つけ、死滅させる方法です。

 乳がんの場合は、X線を中心に、ガンマ線や電子線も使われています。治療に使われるX線は、レントゲン検査に使われるX線よりはるかにエネルギーが高く、体を通過するときに細胞の遺伝子を傷つけます。がん細胞は、正常細胞より放射線に弱く、また正常細胞は遺伝子が傷ついても修復することができるので、同じようにX線による攻撃を受けても、がん細胞の方のダメージが大きいのです。そこで、正常細胞が耐えられる範囲でがん細胞が死滅する線量の放射線を照射します。

 がんの中にも、放射線治療が効くがんと効かないがんがありますが、幸い乳がんは放射線が効くほうのがんに入ります。また、腸など部位によっては放射線によるダメージを受けやすい臓器もあるので、内臓のがんの場合は、こうした臓器をできるだけ避けて放射線照射を行う必要があります。最近、陽子線や重粒子線などの放射線が注目されたり、さまざまな照射装置が開発されているのも、がん病巣に放射線を集中させることが目的です。その点、乳がんは体表近くにあるがんなので、放射線をあてやすいのも利点です。

 乳がん治療では、放射線は、乳房温存療法との併用、手術後の補助療法として使われるほか、そのままでは手術できない乳がんに照射して縮小させる術前療法、さらに、転移再発したがんによる症状緩和を目的に行われます。

温存療法の放射線照射

 乳房温存療法の場合、手術後の放射線照射は治療の一部です。放射線を照射することによって、乳房の局所再発率を3分の1に減らすことができます。

 例外として、70歳以上のステージ1でホルモン療法が効く場合は、放射線を省略しても再発の危険が比較的低いため、放射線照射を省くこともあります。

 ふつうは、乳房の手術が終わって病理検査結果が確認でき、傷口もだいたい落ちついた時期に照射が始まります。遅くとも手術後2カ月以内に放射線治療を開始します。無駄に治療が遅れると、その間に乳房に残ったがんの芽(微小病変)が成長してくる恐れもあるからです。したがって、治療計画が決まったら、できるだけ予定にしたがって治療を受けるようにしましょう。

 手術後、抗がん剤による薬物療法と放射線治療の両方が必要な場合もすくなくありません。このとき、同時に行うと副作用が出やすいため通常避けます。放射線治療と抗がん剤とどちらを先にすればよいのかは議論のあるところです。放射線療法は放射線をあてた局所の再発を防ぐ局所治療であるのに対し、抗がん剤は全身に効果のある治療法です。そこで、まず3~6カ月間にわたる抗がん剤治療で全身的な効果を狙い、その後で放射線治療を行うことが多くなっています。

 放射線の照射量は、1回1・8~2グレイ(Gy)ずつ、合計45~50グレイ照射します。標準治療は、乳房全体に放射線を照射する全乳房照射です。実際には、放射線治療が始まる初日に、照射計画にもとづいたシュミレーションを行います。仰向けに寝て腕を上げた状態で患者さんの乳房にマジックで印をつけ、次回から目印を目標に放射線を照射します。土日は休んで週に5日、計25日ほどかけて放射線を照射するのが一般的です。一回の治療時間は1~2分です。

 乳房温存療法では、断端@だんたん@検査(○ページ参照)を行いますが、この検査でわずかながん細胞が見つかり、追加切除が困難な場合には、通常の放射線治療に加えて、さらに腫瘍床(がん病巣のあった周囲)に追加照射をします。これをブースト照射といいます。断端陰性の場合でも、閉経前の人には海外のガイドラインではブースト照射が推奨されています。

乳房切除でも放射線治療が必要なことも

 乳房切除術の場合、がんが発生した乳房をすでに切除してしまったので、取り残しを放射線でたたく必要はない、と思われるかもしれません。

 しかし、再発のリスクが高い場合は放射線治療も行ったほうがよいことが判明しています。乳房切除の場合も、抗がん剤やホルモン剤による術後治療だけでなく、病状がある程度進行して、胸壁@きようへき@やリンパ節などからの再発リスクが高い人は、放射線療法も行います。

 具体的には、乳房のがんが5センチ以上ある、あるいは脇の下のリンパ節に4個以上転移があった場合は、薬物療法に加えて放射線治療も適応とされます。これで、再発のリスクを3分の1に減らせるというデータもあります。
 この場合は、手術した側の胸壁と鎖骨の上の部分に、通常の放射線照射と同じように合計45~50グレイを照射します。
 いずれの場合でも、放射線治療の効果を得るためには、計画通り休まずにつづけることが大切です。

[コラム] 放射線治療中の注意

 放射線治療中は、皮膚が敏感になっているので、低刺激のマイルドな石鹸を使い、あまり強く皮膚をこすらないようにします。もし、放射線照射のためにつけたマジックの目印が消えてしまったら、自分で書かないで、担当技師に告げてください。

 服も皮膚を刺激しないように、柔らかい素材でゆとりのあるものにしましょう。治療中は、脇の下の消臭剤もやめます。配合されているアルミニウムが放射線と相互作用を起こすことがあります。腋毛@わきげ@の処理が必要な場合はカミソリではなく、電気カミソリにしましょう。皮膚の感覚が鈍っているのでケガをしやすく、ケガをすると感染の原因にもなります。照射部位を日光にあてるのも禁止です。

放射線治療による副作用

副作用には急性と晩期障害が

 放射線治療というと、日本人は特に副作用を恐れる傾向が強いようです。

 しかし、乳がんの放射線治療で起こる副作用で、それほど重いものはまれです。副作用があらわれるのは、放射線を照射した部分だけなので、髪の毛が抜けたり、めまいや吐き気が起こることもありません。  ただ、覚えておいていただきたいのは、乳房を温存しても、乳房としての働きは失われてしまうことです。放射線治療によって、手術で残った微小ながん細胞は増殖能力を失い、消滅していきます。しかし、同時に乳腺の正常細胞もその機能を失います。したがって、妊娠しても、手術した側の乳房は大きくなることもなく、乳汁もあまり分泌されません。汗もほとんどかきません。

 乳房温存療法は、がんを取り除いて乳房の外見を維持することが目的で、乳房としての機能まで残すことはできないのです。ただし、手術をしていない側の乳房からは乳汁が出ますから、育児には問題ありません。

 放射線治療そのものの副作用には、急性の副作用と、あとになってあらわれる晩期の副作用とがあります。放射線の照射自体は、痛みも何も感じませんが、治療も後半になってくると、夏に海岸でたっぷり紫外線を浴びたあとのような疲労感が出てくることがあります。これも副作用の一つですが、治療が終わって数週間もすれば治ります。

 また、放射線を照射した部位が強く日焼けをしたように赤くなってヒリヒリしたり、圧痛やかゆみ、水ぶくれができることもありますが、こうした症状は治療が終われば1~2カ月で治まります。治療後、皮膚が黒ずんだり、毛穴が開いてカサカサすることもありますが、ほとんどの人は時間の経過とともに改善していきます。

 一方、治療が終了して数カ月から数年後にあらわれるのが、晩期障害です。治療後しばらくして乳房の組織が繊維化して厚くなり、乳房がかたくなることがあります。ふつうは数カ月から1年ぐらいで軽快していくのですが、中には繊維化が進んで乳房がかたくなってしまうこともあります。見た目にはきれいな乳房でも、患者さん本人の違和感が強いこともあります。

 また、乳房に放射線を照射すると、どうしてもその奥にある肺の一部に放射線がかかってしまいます。その結果、放射線性の肺炎を起こすことがあります。実際には100人に1~2人程度でまれなことですが、治療後数カ月から2年ほどの間に起こることがあります。この間に、セキや微熱がつづくときには、医療機関を受診するようにしましょう。

 この場合は、肺転移との鑑別も重要になります。CT検査を行えば、肺転移か放射線性の肺炎かはほとんど区別がつきます。  また、放射線治療を行うことで、照射した部位からがんが発生するのではないかと心配される人もいますが、放射線治療によって二次がんが発生する可能性は非常に低いといっていいでしょう。

 なお、照射中皮膚が赤くなってヒリヒリしてきたら、担当医にいって軟膏@なんこう@を処方してもらいましょう。色素沈着には、ビタミンCの内服を試みることもあります。

[コラム] 新しい放射線の照射法

 放射線照射は、1日1・8~2グレイずつ、25回に別けて照射するのが標準です。そのため、治療には5週間ほどかかります。最近、時間を短縮する目的で、カナダやイギリスでは、1回の照射量を増やして回数を減らす治療も行われています。1日2・66グレイを16回、あるいは15回で照射するという方法です。治療成績は変わらないと報告され、日本でも一部の施設で行われるようになっています。
また加速乳房部分照射(小線源照射の一種)や術中乳房部分照射の効果が従来の25回の全乳房照射と遜色ないというデータが海外で出され、注目されています。乳がんの局所再発や放射線の晩期障害をみるためには長期間のフォローアップが必要ですが、日本の一部の施設では研究ベースで治療がスタートしています。