乳がんの転移・再発とは

乳がんの転移・再発とは

局所再発と遠隔転移

 「再発」というと、かつては手術の取り残しが原因と考えられていました。この取り残しを防ぐためにハルステッド法(定型的乳房切除)など広範囲の切除が行われましたが、それによって再発率は減りませんでした。そのため、もう手術する時点で転移が成立しており、術後何年か経ってこれが明らかになってくると理解されるようになりました。
 乳がんは、浸潤がん(Ⅰ期)となった時点で、すでに全身にがんの芽がタンポポの綿毛のように散らばっている可能性がありうると考えられています。
 この綿毛が芽を出し、成長して、検査によってがんとしてとらえられる状態になったのが、「再発」です。術後の薬物療法で再発の頻度は抑えられていますが、それでも網の目をかいくぐって成長してくるものがあるのです。
 乳房温存療法で残した乳房や、その周囲の皮膚、リンパ節などにがんが出てくるものを「局所再発」といい、肺や骨など、乳房とは離れた部位に発生するものを「遠隔転移」(遠隔再発)といいます。がんが発見された時点で遠隔臓器に転移がある状態が、ステージでいうとⅣ期の進行がんとなります。

早期発見しても生存率は同じ

 乳がんの場合、再発の半分程度は5年以内に起こりますが、半分は5年以降に起こります。前述したように20年以上経てから再発してくることもあり、その意味では気が抜けないがんです。
  しかし、乳がん経験者にとって一番こわいのは、やはり再発・転移です。早期発見、早期治療というがん治療の原則どおり、少しでも早く発見して、治療してしまいたいと思うのが人情です。ところが、この原則も、乳がんの再発・転移には残念ながらあてはまりません。
 イタリアで、乳がんの再発を定期検診によって早期発見したグループと、症状が出てから治療を受けたグループとを追跡調査した比較試験が2つ報告されています。ところが、そのどちらも、生存率や患者のQOL(生活の質)に差はなかったと報告されました。
 つまり、乳がんでは、定期的に検診をして再発・転移を早期発見しても、症状が出てから治療をしても、治療成績に変わりはないということになります。
 したがって、早期発見のためにひんぱんに検査を受けるのはあまり意味がありません。このような事実を踏まえ欧米、日本のガイドラインでは術後のレントゲン検査、採血など転移を見つける検査は推奨されていません。ただこのイタリアの研究は1980年代の医療水準が前提になっており、各種画像診断、トラスツズマブを代表とする薬物療法の進歩を経た今日でも同じなのかという疑問の余地はあります。また以上の話は遠隔転移についての議論であり、乳房とその周囲の局所再発と、反対側の乳房にできる新しいがんについては、早期発見が重要なので、一度乳がんになった人にとっては、定期的な検診は欠かせません。乳がん経験者は、一生のうち、10人に1人が手術を受けた反対側の乳房にもがんができるというデータがあります。定期的な検診によって、反対側の乳がんによる死亡率が30%低下すると考えられています。

局所再発した乳がんの治療

再手術で治癒も可能

 乳房温存療法で残した乳房や、その周囲の皮膚、リンパ節にがんが再発することを局所再発といいますが、局所再発ならば、まだ十分に治癒が可能です。
 局所再発にも二つの意味があります。一つは、単純に最初の手術で取り残したがんが時間とともに増大してきた場合。もう一つは、手術でがんを摘出したときに、すでに体内に潜んでいたがんの芽が、薬物療法の攻撃をすり抜け、次第に目覚めて大きく成長してきたような場合です。こういう場合は、局所再発につづいて遠隔転移が出てくる危険性が高くなり、治療がむずかしくなります。
 実際には、どちらのタイプかを鑑別することは困難です。そこで、こうした可能性を考え、局所再発がんに対しては、手術や放射線など局所療法を行うとともに、薬物療法による全身療法が行われるのです。

局所と全身療法を組み合わせる

 局所再発の場合は、手術した側の乳房の皮膚が赤くなる、皮下にシコリを感じる、あるいはリンパ節がはれる、といった症状が出ることがあります。
 定期検診では、触診と超音波検査で局所再発の有無をチェックします。また年に1回マンモグラフィも行います。
 その結果、局所再発と判明した場合には、手術が行われます。最初の手術が乳房温存療法の場合、再度乳房温存療法が行われることもありますが、一般的には乳房切除術が行われます。
 切除後には放射線照射も考慮されますが、一生のうちで同じ場所に照射できる放射線の量は決まっています。このため、前回の手術で放射線を照射している場合には、同じ場所に放射線治療はできないことになります。
 さらに、局所再発が臓器転移の前触れである可能性も少なくないため、全身のがんをたたくために薬物療法を行います。これも、がんの性質に合わせて、ホルモン療法や抗がん剤、分子標的治療薬などを使います。
 ただし、局所再発までの期間が短く、炎症性乳がんのように赤くはれたような形で再発した場合は進行が早く、手術も困難な場合が多いので、まず薬物療法による全身療法を行い、それから手術などの局所療法を考えます。
(局所再発の治療)

遠隔転移したがんの治療

薬物療法で長くつきあう

 局所再発と遠隔転移とでは、治療の考え方が大きく違ってきます。
 局所再発の場合は、治癒を目指す手術と、再再発を防ぐための薬物療法が行われますが、遠隔転移の場合は、がんの進行を抑え、症状を緩和@かんわ@することが目的となります。乳房から遠く離れた臓器に転移が発生したということは、がんの芽がすでに体中に広がっており、どこに転移しても不思議ではない深刻な状態であることを示しています。
 そのため、手術で局所のがんを切除しても、体に負担をかけるだけで、治癒に結びつけることは困難です。抗がん剤やホルモン療法などの薬物療法で、全身に散らばったがんの成長を抑え、症状を取り除きながら、がんと長くつきあっていくことが、治療の目的になります。
 しかし、幸い乳がんには、ホルモン剤、抗がん剤、分子標的治療薬と、いくつも効果のある薬があります。しかも、それぞれに何種類かの薬があります。がん治療に使われる薬は、必ずがん細胞に耐性ができて、薬が効かなくなるときがくるのが、大きな難点です。しかし、乳がんの場合、この薬が効かなくなったら、また次の薬を使うというように、上手「に薬を組み合わせ、それを順番に使うことによって、転移後も長く元気で過ごしている人がたくさんいます。しかも新薬の登場で、延命期間はかなり延びています。

最初はホルモン療法から

 薬物療法の項でも説明したように、適切な薬物療法を行うためには、ホルモン受容体の有無、HER2受容体の有無、がんの「顔つき」や増殖能力の程度、閉経前か閉経後かなど、乳がんの性質と、患者さんの体の状態などを知ることが重要です。術後補助療法が行われている場合が多いので、これまでに使った薬剤の情報も重要です。もし術前化学療法が初回治療で行われた場合は、そのときに使った薬とその効果の程度も重要です。
 転移が見つかって初めて薬物療法を行う場合は、ホルモン受容体が陽性であれば、まずホルモン療法から始めます。抗がん剤より副作用が少なく、効果の長続きが期待できることがその理由です。
 閉経前ならばLH–RHアナログとタモキシフェンの併用あるいはそのどちらか、閉経後ならばアロマターゼ阻害薬を、まず最初に使うことがことが推奨されています(一次治療)。このホルモン療法が効かなくなれば、また次のホルモン剤を使い、それも効かなくなれば次というふうにホルモン療法を行います。
 ホルモン療法が効かなくなれば、次の段階として、抗がん剤治療に入っていきます。
 一方、ホルモン受容体が陰性の場合には、ホルモン剤が効かないので、抗がん剤治療から始まります。HER2受容体が陽性ならば、分子標的治療薬・トラスツズマブと抗がん剤を併用し、HER2受容体が陰性ならば、抗がん剤を単独で使います。これも、効かなくなれば順番に抗がん剤を使っていきます。
 こうした乳がんの薬物療法の流れを示したのが、左の図です。乳がんの性質にあわせていくつもの治療手段があるのが強みです。なお、臓器転移は治癒が期待できず症状緩和が治療目的という前提で述べてきましたが、トラスツズマブが登場してから状況が変わってきているかもしれません。HER2陽性の患者さんに限った話ではありますが、トラスツズマブの点滴を継続することで、数年転移巣が消えたままという患者さんが多くみられるようになってきました。このことが分子標的治療薬への期待を高めるきっかけになりました。

苦痛の緩和

 薬物療法は、全身に散らばったがんの成長を抑えるための手段ですが、遠隔転移があると、転移した局所にもさまざまな症状があらわれることがあります。
 こうした局所的な症状にも、いろいろな治療法が用意されています(次ページ参照)。また、痛みや不安感、うつ症状など、さまざまな苦痛に対しては、それぞれの専門家が的確に対処してくれます。現在は、各分野の専門家が集まって治療を行う「チーム医療」が、がん治療の中心となっています。
 特に緩和医療チームは、肉体的な苦痛にも精神的な苦痛にも、専門的な知識を持ってケアしてくれます。以前は、緩和ケアというと末期医療のように考えられていましたが、現在は苦痛の緩和という意味で、治療の早い段階から患者とかかわりを持ち、サービスの提供を行ってくれます。

(図:遠隔転移の治療の流れ)