乳がん治療の基本と変遷

多様な治療の組み合わせ

 乳がんは、がんの中でも治療法の多いがんです。
 手術が基本であることはほかのがんと同じですが、これに放射線療法や、ホルモン剤、抗がん剤、分子標的治療薬による薬物療法を組み合わせて治療を行います。
 男性の前立腺がんには男性ホルモンが関係していますが、乳がんには女性ホルモンが深くかかわっています。こうした女性ホルモン依存性のがんが、乳がんの7割前後を占めています。このタイプのがんは、女性ホルモンの働きを薬によってブロックすることで、がんの勢いを止めることが可能となります。
 また、分子標的治療薬は、がんの特徴的な目印に的をしぼって攻撃する薬で、HER2受容体に的を絞ったトラスツヅマブやラパチニブなどがあります。
 このように、乳がんは薬物療法だけでも、ホルモン剤、抗がん剤、そして分子標的治療薬と3種類もあります。
 その一方で、乳がんは割合早くから転移をする可能性があります。乳管から発生したがんが、その外側に浸潤するようになると、早くも転移の危険が出てきます。早くから血液やリンパ液の流れに乗って、がんの芽が全身をめぐっている可能性があるので、その意味で乳がんは「全身病」と呼ばれています。

 そのため、手術でがんを摘出しただけでは十分とはいいきれません。そこで、こうした芽をつぶして再発や転移の危険を抑えるために、手術後はホルモン療法や化学療法(抗がん剤治療)を併用して治療を行います。つまり、乳がん治療は、手術というがんの「局所療法」と、薬物療法という全身に効果のある「全身療法」が組み合わされて成立します。手術だけで治療が終わることは、0期以外の乳がんの場合ほとんどないといっていいでしょう。
 放射線療法も、乳がんにはよく効きます。放射線療法は、効果のあるがんとないがんがあるのですが、乳がんは効果のあるがんに入ります。そこで、手術でがんを摘出したあと、局所療法として放射線療法を組み合わせます。特に乳房温存療法は、放射線療法と組み合わせることではじめて完成する治療法です。
 乳がん治療は、手術のあと、必要な薬物療法を継続するとともに、きちんと定期的に検査を受けて経過を観察することが大切です。

進歩する手術療法

 乳がんの手術方法も、ここ20年ほどの間に日本で大きく変化しました。
 わずか20年前まで、乳がんの手術といえば、胸の大胸筋と小胸筋まで切除するハルステッド法がまだあたりまえに行われていました。ハルステッド法は「定型手術」と呼ばれ、代表的な手術法のひとつでした。
 これは、「がんを根こそぎ取る」「リンパ節転移があっても、取ってしまえば安心」といった考えに基づくものでした。しかし、筋肉まで切除した結果、あばら骨が浮き上がり、女性にとってはかなりつらい手術でした。

 乳がん手術は1970年代~80年代に、欧米で激しい論争を伴いながら改良、縮小されていきました。まずはハルステッド法から、大胸筋だけを残す、あるいは大胸筋と小胸筋の両方を残す胸筋温存乳房切除術へ、手術法がシフトしていきました。そしてそれほど時間をおかず、乳房温存手術へのシフトが起きたのです。
そして限局した乳がんであれば、乳房をすべて切除した場合と、乳房を残して乳房を部分的に切除した場合とで治療成績に差がないことがわかりました。これを契機に、乳がん治療の考え方は大きく変わり、日本でも乳房温存手術が急速に普及していきました。

 いまでは、乳がんの手術を行う場合、まず乳房温存療法が可能かどうかを考えます。それが無理ならば、胸筋温存乳房切除術を行うのが一般的です。そして日本の主要な病院では、乳がん手術の約6割が乳房温存療法によって行われています。

 一方、脇の下のリンパ節(腋窩@えきか@リンパ節)郭清@かくせい@も、リンパ浮腫@ふしゅ@や炎症など、さまざまな後遺症や合併症を起こして女性を苦しませる原因となっていました。これも、いまではセンチネルリンパ節生検(○ページ参照)という検査法が開発され、それによってリンパ節を取るか取らないかを決めるようになり、転移のない患者さんはこの郭清手術の後遺症から解放されることになりました。

乳がん治療の流れ

 以前は一律に乳房を切除されていた乳がんも、現在は乳房温存療法を中心に、がんの進行度や性質に合わせた治療が行われるようになっています。
 ここで、おおまかに治療の流れを説明しておきましょう。基本的には、乳がんという診断がつき、手術が適応となれば、乳房温存療法が可能かどうかを検討します。場合によっては、抗がん剤を使った術前化学療法を行い、がんを小さくしてから乳房温存手術を行います。乳房温存療法の適応にならない場合には、乳房切除術が行われます。この場合、患者さんの希望と病状に基づいて、乳房再建手術を同時に行う場合もあります。
 手術前にあきらかな転移があれば別ですが、転移がないようであれば、手術中、場合により手術前にセンチネルリンパ節生検を行います。センチネルリンパ節に転移がないとわかれば、腋窩リンパ節の郭清は行われず、手術は終了です。
 その後、手術で摘出したがん細胞の組織を調べ、その検査結果によって、再発予防のためにホルモン療法や、抗がん剤による術後補助療法を行います。また放射線の適応のある方は通院で放射線治療を受けます。術後10年経てば、再発の可能性は少なくなりますが、乳がんは極端に進行が遅いタイプもあるため、「もう、だいじょうぶ。転移や再発の危険はもうありません」とお墨付を出すのは20年後を経ても困難です。