乳房温存療法

乳房温存療法

大切な断端検査

 乳房温存療法は、乳房を残してがんの病巣とその周囲だけを切除する方法で、現在の乳がん手術の中心になっています。
 最近は、乳輪@にゅうりん@に沿って切開し、そこからがんを摘出@てきしゆつ@するなど、外見的にほとんど傷痕がわからない工夫も進んでいます。実際には、安全域を見込んで、周囲に1~2センチほどのゆとりをもってがんの病巣をくり抜くように切除します。乳頭部を中心に、扇型に乳房を部分切除する方法(乳房扇状部分切除術)が行われることもあります。
 乳房温存療法の目的は、第一に、まずがんを取りきること、そして乳房を元の形に近い状態で残すことです。当初、特に日本では、がんの取り残しと局所再発を危ぶむ声もありましたが、現在は、放射線療法と併用すれば、治療成績は乳房切除術と変わらないことが認められています。
 しかし、乳腺を部分的に切除する手術なので、取り残しを防ぐためには、がんの広がりを正確に把握することが必要です。そのため、超音波検査やマンモグラフィ、造影剤を使ったMRI検査(ガドリニウム造影MRI検査)などを行います。検査機器の性能も向上しているので、かなり内部の状況を把握できるようになりました。
 しかし、それでもがんの広がりを外から正確にとらえることは困難です。そのため、手術で摘出した組織の端(切り口)を顕微鏡で調べ、がん組織の遺残の有無を調べる「断端@だんたん@検査」を行います。断端検査では、切除した組織の断面やその周辺にがんがないかどうかをチェックします。がんが見つかれば、断端陽性といい、乳房にがんが残っている可能性が高いと考えられます。

術後の放射線治療が必須

 もう一つ、重要なのが放射線治療です。乳房温存療法は、放射線治療とセットで行われる治療法です。
 1970年代から80年代にかけて世界で行われた大規模な臨床試験では、断端検査が陰性、つまり手術で一応がんが取りきれたと判断できるケースでも、放射線照射を行わないと、約40%もの人に乳房内の局所再発が起こると報告されています。これでは、乳房全摘術と同等の手術とはいえません。しかし、手術後に乳房に放射線を照射すると、乳房内再発率は約10%にまで減少しました。
 放射線の照射で、再発を100%抑えることはできませんが、再発率を約3分の1に減らすことができます。これは、検査ではとらえ切れない乳房に遺残したがん病巣を放射線がたたいてくれるからです。
 したがって、乳房温存手術後には放射線治療が必須なのです。放射線照射は、外来通院で行われます。温存した乳房だけではなく、脇の下のリンパ節に転移がたくさんあった場合には、胸壁や鎖骨の上、頸の付け根部分にも放射線を照射します。詳細は、放射線治療のページを参照してください。
 高齢者の場合には、比較的乳房内への再発が少ないこと、また放射線治療による合併症のリスクと余命を秤@はかり@にかけ、放射線照射が省かれることもあります。しかし、ふつうは放射線照射が必須と考えてください。乳房内の局所再発率が低下することで、生存率も高まると考えられています。

乳房温存療法の方法

乳房温存療法の適応

大きさより乳房とのバランス

 では、どの程度の乳がんまでならば、乳房温存療法が受けられるのでしょうか。
 日本では乳房温存療法の導入初期に3センチ以下のがんまでが適応とされた時期もありました。経験が増えるにつれこの枠組みは一応参考程度となり、がんを確実に取りきった後に、美容的な乳房が残せるかどうかが、乳房温存療法適応の基準とされるようになりました。
 同じ4センチのがんといっても、乳房の大きさや、しこりのできた場所などによって術後の変形の程度が大きく異なるからです。

がんを小さくして乳房温存

 また、現在は術前化学療法という方法も用いられるようになりました。術前抗がん剤には薬剤の効果判定などのいくつかの目的がありますが、がんが大きすぎて乳房温存療法の対象として難しい人に対して行い、乳房温存が可能にすることもその目的の一つです(化学療法の項参照)。
適応を選べば抗がん剤を投与することで、80~90%の人はがんが半分以下に縮小します。特にHER2陽性タイプ、トリプルネガティブタイプ、ルミナルBタイプには効果が期待できます。一方ルミナルAタイプには術前抗がん剤の有用性が明らかではないため通常は行われず、術前ホルモン療法が注目されています。
 術前ホルモン療法は閉経後の患者さんには臨床現場でもケースバイケースで行われるようになりまし。ただ閉経前の患者さんに対しては臨床試験ベースで行うべき実験段階にあると現在はまだ考えられています。
 術前療法は大きなしこりを小さくすることは可能ですが、乳房の中にがんの病巣が広範囲に広がっていたり、多発している場合は、結局乳房切除が必要になります。この場合は乳房温存を目的とした術前療法は避け、乳房切除を行い、美容的な観点からは乳房再建手術の方が望ましいと考えられています。

乳房温存に不向きな人

 乳房温存療法が不向きなケースというのはどういう場合か、あらためて整理してみましょう。これをまとめたのが上の表です。
●片側の乳房に複数のがんがある
●がんが広範囲に広がっている
● 妊娠中の人
● 皮膚筋炎、多発筋炎などの膠原病の人
● 以前に、手術をする側の乳房や胸郭に放射線照射を受けたことがある人
 また、患者さん自身が放射線照射を希望しない場合や、乳房とがんの大きさのバランスが悪い場合にも、乳房温存療法は適応となりません。

乳房温存療法後の再切除と術後補助療法

断端陽性は再手術

 乳房温存療法では、がんが取りきれたかどうかを判断するために、断端検査を行います。
 切除した組織の端や、その周辺にがん病巣がないかどうかをチェックします。断端検査は、乳房内再発、つまり残した乳房にがんが再発する可能性を見る重要な検査です。この検査で陽性と出た場合は、もう一度手術を行い、断端陰性を目指します。
 断端陽性で追加の切除が乳房全摘になってしまう場合は、通常行われる放射線治療に、さらに放射線照射を追加する(ブースト照射)場合もあります。
 無理な乳房温存手術をするよりは、乳房再建手術を選択した方が、美容的でより安全と考えられます。このような判断は個別の患者さんベースでの検討が重要で、なかなか一般論では語れません。こういう問題こそ担当の医師とよく相談する必要があります(乳房切除の項参照)。
 余談ですが断端の評価方法もさまざまで、断端陽性の定義もさまざまです。がんが露出していなければ陰性とするのが国際的には最も受け入れられていますが、日本では5mm以上離れていないと陰性としないという基準を採用している施設が多数です。臨床医学データを解釈する際、どういう基準(プラットホーム)で集められたデータかが重要になります。

病理検査で術後補助療法を決定

 一方、手術で摘出した組織は、ホルマリン固定された後、薄くスライスされて顕微鏡による病理検査が行われます。その結果によって、手術後の治療方針が決まります。
 最近は術前に針生検を行うことが多いので、術前にがんの組織タイプ、異型度、ホルモン受容体の有無、HER2結果などがすでに分かっています。
 手術後の病理検査で、これらの因子の再確認とともに、がんの大きさ、リンパ節転移の有無や個数、がんが取りきれているかどうかなどさまざまなことを調べます。

術後補助療法を決める上で特に重要なのが、ホルモン受容体の有無と、HER2蛋白の過剰発現の有無です。ホルモン受容体が陽性ならばホルモン療法が、HER2蛋白が過剰発現していれば分子標的治療薬のトラスツズマブが有効ということを意味しています。
 がんの再発のリスク評価と前述したサブタイプに応じて治療法が決められます。すなわちホルモン療法、抗がん剤、分子標的治療薬、のうちどの治療法が効果的か、あるいは具体的にどの薬剤をどの順番でどれだけの期間投与するのかが決められます。
これが術後補助療法です。0期以外の乳がんの場合、ほとんどの人が手術だけではなく、補助薬物療法を受けることになります。それによって、あきらかに再発率が下がることが証明されているからです(詳細は薬物療法を参照)。

[コラム] 切らずに治す・乳がんの最新治療法

 乳房温存療法は、乳がん手術に画期的な変化をもたらしました。しかし、できれば小さながんは乳房を傷つけずに治したい、というのが女性の願いです。これを実現する試みが行われています。
 それが、MRガイド下集束超音波療法や、ラジオ波熱凝固療法、凍結療法などの治療法です。

MRガイド下集束超音波療法

 虫メガネの要領で超音波のエネルギーを一点に集中させ、熱でがん細胞を殺す治療法です。MRIという画像診断装置を使ってがんをねらうので、MRIガイド下と呼ばれています。
 すでに子宮筋腫の治療で使われている治療法で、まったく目新しい治療法というわけではありません。MRIの画像から、がんの温度がどのくらいまで上がっているかとか、焼け残りの有無などもわかるので、世界的に研究が進んでいます。焼け残りがあれば、もう一度焼くこともできます。
日本では宮崎のブレストピアなんば病院で実施されています。

ラジオ波熱凝固療法

 画像で確認しながら、がんの病巣に外から針を刺し、高周波で焼き飛ばす方法です。すでに早期の肝臓がんなどでは一般的に行われています。
 乳がんの場合、アメリカで2センチ以下の早期がんを対象に行われた臨床試験では、87%で効果があったと報告されています。ただ、乳がんの場合、早期と診断されても、実際には広範囲に広がっているケースもあるので、肝がんとはまた違った注意が必要です。

凍結療法

 がんの病巣に針を刺して急速冷凍し、いったん解凍して再び冷凍する方法です。舌がんなどで行われている方法ですが、乳がんの細胞も同じように凍結することで死滅するのかどうか、検討がつづけられている段階です。

いずれもまだ研究段階の治療として行われており、標準治療としては認められていません。このためすべて臨床研究として実施される必要があります。治療のプロトコール、期待される効果と不利益に関する書類に目を通し、説明を受けた上で文書にサインして研究に参加することになります。

 乳がんは主病巣だけではなく、周囲の乳管内にどれだけ病変の広がりがあるかが、局所コントロールのため重要です。また主病変の組織検査から得られる、各種バイオマーカー、遺伝子レベルの情報が将来ますます重要になると思います。このため手術が縮小されていくとは考えますが、手術をしないということの意義はあまりないと個人的には考えています。