乳がんの再発予防治療(術後補助療法)

薬物療法の選択基準

 術後補助療法(アジュバント療法)は、再発予防のために、手術後に行われる治療です。
 乳がんは、発生した乳管の壁から外に浸潤@しんじゅん@(食い込んで広がること)したとたん、がん細胞が血液やリンパの流れに乗って全身に散らばる危険があります。そこで、手術でがんを摘出したあと、全身に散らばったがんの芽(微小転移)を摘み取り、再発を防ぐために、術後補助療法を行います。
 0期の非浸潤がん以外は、目に見えない転移の危険があるので、乳房温存手術や乳房切除術を受けたときでも、手術後には術後補助療法を行うのが一般的です。
 これにも、ホルモン剤、抗がん剤、トラスツズマブなどの分子標的治療薬の3種類があります。各種のガイドラインや2年に1度、スイスのザンクトガレンに世界の専門家が集まって開かれる国際会議で決められた合意などを基本にしながら、個々の患者さんの病状を考慮して薬物療法が決められます。

重要ながんの性格

 ここで、選択基準の第一に考えられているのは、乳がんの性格です。特に、ホルモン受容体の有無と、HER2受容体の発
現強度(強くあらわれているかどうか)が重要視されます。
 左の表のように、
●がんにエストロゲン(女性ホルモンのひとつ)受容体が少しでも認められれば、ホルモン療法を行う。
●HER2受容体が強く発現していれば、トラスツズマブなどの分子標的治療薬を使う。
●HER2受容体が陽性の場合は、抗がん剤と分子標的治療薬を併用する。
●ホルモン受容体もHER2受容体もともに陰性で、効果がないと判定されたトリプルネガティブの場合は、抗がん剤を使う。
●ホルモン受容体が陽性で、HER2受容体が陰性の場合は、ほかのリスク因子を考えて、それにあった薬物療法を行う。
 というのが、その概要です。

ホルモン剤単独か抗がん剤と併用か

 最後の、「ホルモン受容体が陽性でHER2受容体が陰性」の場合の選択基準が、別表です。抗がん剤(化学療法)とホルモン療法を併用するか、あるいはホルモン療法単独で治療するか、その選択基準が示されています。
 これによると、女性ホルモンの受容体があっても、レベルが低い、がんの「顔つき」が悪い(組織学的グレードが3)、増殖能力が高い、腋窩リンパ節に4個以上の転移がある、がん周辺の血管やリンパ管にがんの浸潤傾向が強い、がんの大きさが5センチ以上ある、といった場合には、抗がん剤とホルモン療法を併用します。
 これに対し、ホルモン受容体がより高いレベルで出現している、がんの「顔つき」がおとなしい、増殖能力も低い、腋窩リンパ節転移がない、がん周辺の血管やリンパ管にがんの浸潤傾向があまりない、がんの大きさが2センチ以下である、といった場合には、ホルモン療法単独で治療を行うことになります。
 いずれの場合も、ここに患者の希望が加わることはいうまでもありません。ごく簡単にいえば、ホルモン受容体が強く発現していて、がんの性格も割合おとなしそうな場合はホルモン療法、ホルモン受容体の出方があまり多くなく、がんとして悪性度が高く再発のリスクが高そうな場合は、ホルモン療法と抗がん剤を併用する、といってもよいでしょう。なおこの説明は2009年3月のザンクトガレンの合意事項がベースになっていますが、2011年3月の同会議では、その考え方がより明確になり、乳がんをまずホルモン受容体、HER2受容体、組織異型度、Ki67に基づいて5つのサブタイプに分類し、それぞれの治療法を決める流れになりました。ホルモン受容体とHER2受容体については、ホルモン療法と分子標的治療薬の項で詳しく説明します。
(ザンクトガレン図表2点)

乳がん組織の遺伝子検査について

乳がんの組織の遺伝子検査を行い、その結果に基づき抗がん剤を行うかどうか決めるという方法もあります。オンコタイプDX(Oncotype DX)とマンマプリント(MammaPrint)という2種類の遺伝子検査がその代表的な方法です。
オンコタイプDXは21の遺伝子を調べます。マンマプリントは70の遺伝子を調べます。これら乳がんの再発と抗がん剤の有効性について関連の強い遺伝子の発現レベルをスコア化し、例えばオンコタイプDXであれば再発スコアという形で結果を出します。
このスコアを用いて、ホルモン療法のみを行った場合の10年以内の遠隔再発率を予測し、それに抗がん剤を上乗せした場合の再発率の低下をシュミレーションし、この予測に基づいて抗がん剤を行うかどうかを決めていきます。
このような検査方法自体は他にもいくつも考えられていますが、オンコタイプDXやマンマプリントが重要なのは、過去の無作為化臨床試験の検体を用いて、こうした検査が有効に機能するかどうかを検証している点です。
 ホルモン受容体陽性、HER2受容体陰性の患者さんの治療方針決定に有用ですが、例えばオンコタイプDXの場合、アメリカ、イスラエルなど一部の国と地域を除くと保険の適応とされていません。このため日本では自費で50万円近い費用がかかり、また検体をカリフォルニアに送るため、結果が出るまでに3週間程度の日数がかかります。
 これまで虎の門病院で50名あまりの患者さんが検査を受けられていますが、抗がん剤を受けるかどうかの判断に有用なツールであることは間違いないと思います。組織異型度、プロゲステロン受容体の発現レベル、Ki67の値でオンコタイプDXが必要な人はある程度絞り込めると個人的には考えています。