センチネルリンパ節生検

変わる腋窩リンパ節郭清の意味

なぜリンパ節郭清が必要か

 2000年頃まで、乳がん手術では、脇の下のリンパ節を郭清するのが標準的な治療でした。
 乳がんの場合、病巣からこぼれ落ちたがん細胞は、最初に脇の下の腋窩@えきか@リンパ節にたどりつきます。腕のケガや虫刺されで炎症が起きると、脇の下のグリグリがはれることがあります。それがリンパ節で、病原菌を駆逐する免疫の重要拠点の一つです。がん細胞もリンパ節で処理されるのですが、その能力を上回ると、がん細胞にリンパ節が占拠されて「リンパ節転移」になるのです。
 そこで、乳がん手術では、①リンパ節転移の有無と、転移したリンパ節の数を調べる②再発予防、という2つの意味でリンパ節郭清が行われてきました。
 しかし、リンパ節は脂肪にくるまれるように存在しているので、それだけを取ろうとすると確実には取りきれません。そこで、リンパ節を取りきるために、リンパ節が含まれる脂肪組織をすべて切除します。これが、リンパ節郭清です。
 その際、その部位を通る細かい神経を切断するため、違和感や痛みの原因になり、またリンパの流れが阻害されてリンパ浮腫を起こすリスクも高くなります。その結果腕が太くなり、ひどくなると腕がパンパンにむくんで動かしにくい、感覚が低下するなど、さまざまな後遺症に苦しめられることになります。リンパ節は細菌やウイルスなどの感染を防御しているところなので、それを郭清すると、手術したほうの腕や手にケガなどをしないように気をつけなければなりません。
 リンパ浮腫は、乳がん手術後に起こる後遺症の中で患者さんをもっとも悩ませるものの一つです。

リンパ節を郭清しても転移は防げない

 手術前から、画像診断などであきらかに腋窩リンパ節に転移があった場合は、治療の意味でリンパ節の郭清が必要です。
 ところが、時代とともに早期がんが増え、腋窩リンパ節を郭清して調べても転移が見られない人が増えてきました。こうした人は無駄にリンパ節郭清を行い、合併症のリスクを背負ったことになります。
 一方、リンパ節転移に対する考え方も変わってきました。乳房でつくられたリンパ液の90%程度は、腋窩リンパ節に流れ込みます。以前は、乳がんは一番近い腋窩リンパ節から順番に遠くのリンパ節に転移して、それから血管に入り全身に転移すると考えられていました。したがって、腋窩リンパ節を郭清しておけば、全身への転移を予防できると考えられていたのです。
 ところが、実際は、がん細胞は近くのリンパ節から順番に転移して血管に入るのではなく、乳管の外に浸潤したとたんに、リンパ管にも血管にも入って全身に散らばるのだと考えられるようになりました。それが、乳がんが全身病といわれるゆえんです。そうであれば、腋窩リンパ節を切除しても、全身への転移を防ぐことはできないわけです。実際に、腋窩リンパ節を郭清してもしなくても、遠隔転移や生存率に差がないことが統計であきらかになってきました。
 そこで登場したのが、センチネルリンパ節生検でした。

※乳房周囲のリンパ節

無駄なリンパ節郭清を防ぐセンチネルリンパ節生検

がんが最初に流れ着くリンパ節

 手術前の検査で、脇の下のリンパ節(腋窩リンパ節)に転移がない、あるいはなさそうに思われる人にまでリンパ節郭清を行う必要があるのだろうかという疑問が生じました。リンパ節転移のない人は、ないことを証明するためだけに後遺症の大きいリンパ節郭清をすることになってしまうからです。
 こうした疑問が出たとき、注目されたのがセンチネルリンパ節でした。センチネルリンパ節は、「見張りリンパ節」とか「前哨@ぜんしよう@リンパ節」といわれ、病巣からこぼれ落ちたがん細胞が一番最初に流れ着くリンパ節です。
 このリンパ節に転移がなければ、ほかのリンパ節にも転移がない、したがって腋窩リンパ節の郭清は必要ないと考えるのが、センチネルリンパ節生検の考え方です。具体的には手術中にセンチネルリンパ節を見つけて取り出し、転移の有無を調べます。
 センチネルリンパ節生検が始まったのは、海外でも1990年代の中頃からのことですが、実際にリンパ節再発が少なく、急速に世界中に普及していきました。現在では科学的な臨床試験の結果でも安全性が証明され、センチネルリンパ節生検は標準的手術と理解されています。このためリンパ節の転移を確認せずに、リンパ節郭清を行うことは限られた場合のみになりました。

色素とアイソトープで

 センチネルリンパ節を見つけるには、アイソトープ(放射性同位元素)を使う方法と青い色素を使う方法の併用が標準的です。さらに第三の方法としてICG蛍光法という方法もあります。
 具体的な方法ですが、まずアイソトープと色素を乳がんの近くや、乳輪部に注射します。すると、リンパの流れに乗ってアイソトープと色素が移動します。そこで、まず皮膚にガンマプローブという器具をあてて、アイソトープから放出される放射線を追跡します。ガンマプローブが反応した部位がアイソトープが最初に流れ着いた先、つまりセンチネルリンパ節です。ここに、皮膚の上から印をつけておきます。
 その印の上を2~3センチ切開して、色素で青く染まったリンパ節を取り出します。センチネルリンパ節は通常1~3個程度同定され、これを切除します。ときには、腋窩以外のリンパ節にあることもあります。これを病理検査で調べ、転移の有無を見ます。転移がなければ、腋窩リンパ節郭清は不要、転移があれば腋窩リンパ節の郭清を行います。ただこの場合の郭清の必要性が現在の論点になっています。

議論を呼んだACOSOG- Z0011試験について

通称、Z-11試験と呼ばれているこの試験結果は2010年6月、アメリカ臨床腫瘍学会で発表されました。結果の概要はセンチネルリンパ゚節生検で1~2個の転移を認めた患者さん(乳房温存手術+放射線照射例)のリンパ節郭清を行っても再発率、生存率の改善に貢献しないというものでした。
しかしながらこの試験は1900例の症例登録と500例の再発が見込まれて開始されましたが、症例が891例しか集まらず、また再発も94例にとどまり、途中で打ち切りになりました。
試験自体の欠陥は誰もが認めるところですが、試験の追試が難しいためこの結果の解釈が論点となっています。リンパ節の微小転移の場合の郭清省略は比較的受け入れられていますが、明らかなリンパ転移があった場合、郭清を本当に省略していいのかということが論点になっています。
欧米の専門家の間でもこの試験結果を疑問視する声が強く、ただちに腋窩郭清を省略できるという流れにはならないようです。腋窩リンパ節転移があった患者さんの安全と後遺症にかかわる問題のため、今後動向が注目されています。

(センチネルリンパ節生検の方法)