乳がん手術についての解説文書(手術承諾書)

乳がん手術についての解説文書 (虎の門病院 ブレストセンター 2020年10月4日更新)

 (本文は手術承諾書を補足する内容として、虎の門病院で手術を受けられる方にお渡ししている書類です)

(1)病名、病期

乳がん(なお正式な病名・病期は手術承諾書に記載します)

(2)本診療行為の必要性

乳がんを切除し、確実な局所制御(乳房、腋窩に再発が起きないようする)が得られるようにします。外科的な手術は放射線治療を適切に併用することも含めて、局所制御のために最も優れた方法と考えられています。なお手術以外の方法として放射線単独、薬物療法、ラジオ波による焼灼、凍結療法などがあり、手術以外の方法と手術を(直接科学的な方法で)比較したデータはありませんが、これまでの臨床から得られた知見から、手術ほど十分な局所制御が得られないと考えられています。また他の侵襲の大きな手術と違い、患者さんの体力的な観点から手術が不可能ということはまずないと思われます。

(3)無施行の場合の予後

乳がんの性質によって進行のスピードは様々ですが、腫瘤の増大・皮膚の炎症や潰瘍、血管やリンパ管に入り込んでリンパ節や遠隔臓器(肺、肝、骨、脳など)に転移し、最終的に死に至ります。

(4) 診療行為の選択肢、推奨する選択肢

選択肢についてはこの解説書の本文をご参照ください。(推奨する選択肢は手術承諾書に記載します)

(5) 主な乳がんの術式

■乳房の手術:Ⓐ乳腺部分切除術 Ⓑ乳房切除術 Ⓒ乳房切除術+再建術 Ⓓ皮下乳腺全摘術(乳頭・乳輪温存)+再建術

■腋窩リンパ節の手術:Ⓔセンチネルリンパ節生検 Ⓕ腋窩リンパ節郭清

(6) 手術の重篤なリスク、その他のリスク、その頻度について

乳がんの手術に重篤なリスクは極めて少ないと一般的に考えられています。全身麻酔に伴う術中の予想外のトラブル、薬剤性のショック、術後出血に伴うショックなどが生命に関わる重篤なリスクとして想定されますがこれらの頻度はすべてを含め0.1%以下と思われます。エキスパンダー(組織拡張器)を挿入する乳房再建手術の場合は感染によりエキスパンダーの抜去を余儀なくされるようなリスクが1-2%程度あります。その他、創部皮弁の血流障害(皮弁壊死)や、最終的な結果に影響を与えないが、退院が遅れる等の影響のあるものとして、出血、感染などのリスクが数%あります。詳細は次頁以降で説明します。

(7) 緊急時の対応・処置

担当医が緊急の合併症と判断した場合、事態の改善にむけて全力を尽くします。

(8) 説明内容の理解と自由意思による同意承諾およびその取り消しについて

説明を十分に理解した上で、手術についての同意をご自分の意思で決めていただきます。いったん同意をされた場合でも、いつでも撤回することができます。やめる場合は、その旨を担当者へ連絡してください。この手術に同意されるかどうかは、患者さんの意思が尊重されます。同意されない場合でも、病院の対応において不利益を受けることはありません。現在の患者さんの病状や治療方針について、他の専門医の意見を聞くことも可能です(セカンドオピニオン)ので、その際はご相談ください。必要な資料をご提供いたします。

(9) 臨床データ等の学術利用について

当院において手術を受けられた患者さんの治療成績等が、学会発表や論文発表になどに利用されることになります。これらは医学・医療・教育の発展を目的とするものであるため、御理解、御協力をお願い致します。なおこれらの発表には、患者さんの個人が特定されるような内容はありません。なお個人情報に配慮した上で個人の経過に焦点を当てた発表(症例報告)等を行う場合は、別途ご本人に説明し、同意をいただくことになります。

(10)当院に手術に関する問い合わせ先

虎の門病院 乳腺内分泌外科 電話番号:03-3588-1111(代表) 担当医(まず50番共通外来受付にご連絡ください)

虎の門病院 (ジ・オークラ東京側からみた風景)

乳がん手術についての解説

乳房の手術; 乳がんの手術には乳房を部分的に切除して乳房を残す乳房温存手術と乳房を全摘する乳房切除手術があります。

乳腺部分切除術

乳房温存手術は乳房を部分的に切除して、残された乳房に放射線を照射することで再発を予防し、整容性を保つ方法です。

 乳がんの手術の目的は、がんを確実にとり除くことです。そのためには乳房切除手術(全摘)のほうが理にかなっているともいえますが、たとえ、乳房内に微小な顕微鏡レベルのがん細胞が残っていたとしても、手術後に放射線を照射することでがん細胞を殺すことが多くの場合できると考えられています。乳房を温存した場合と切除した場合の比較試験がこれまで行われ、一定の条件を満たせばどちらの方法でもその後の局所制御率、生存率に差がないことが明らかになりました。

乳房温存療法後(左)の平均的な写真です。

乳房温存療法が適切ではない幾つかの条件

次のような場合には乳房温存療法は好ましくないと考えられています。

  • 乳房内にがんの石灰化が広汎にひろがっている、あるいは腫瘍が離れて二つ以上ある。
  • 手術でとり除いた組織の断端にがん細胞があり、10年以内の局所再発率が高いと判断される。
  • 妊娠している。
  • 皮膚筋炎や多発性筋炎などのような膠原病(放射線を照射すると皮膚の反応が強く出る)がある。
  • 乳房に対して腫瘍が大きい。
  • 遺伝性乳がん卵巣がん症候群の方、あるいはその可能性が高い方。
  • 本人が乳房温存療法を望まない。

乳房温存手術の切除範囲

乳房を温存する場合でも、腫瘍を中心に1 cm程度の安全域をとりながら比較的小さく切除する方法(腫瘤切除術/ランペクトミー)と乳房の4分の1程度を取る方法(4分の1切除術)では術後の外見的な印象は大きく違ってきます。切除範囲が広ければがんを取り残すリスクは小さくなり、局所再発のリスクも小さくなりますが外見的な印象が悪くなるので、実際には前述した2つの方法の中間的な手術が多くの場合行われています。どちらに近い手術をするかは、がんのひろがりなどの条件とともに、患者さん側の希望も重要ですから、希望事項はあらかじめ担当医にお伝えください。

乳房温存療法では放射線照射が原則

前述したとおり、乳がんの手術の目的はがんを確実にとり除くことです。そのために、乳房温存療法ではしこりの部分に安全域をつけて切除するわけですが、それでも、がんを完全に取り除けたかどうか、手術の時点ではわかりません。マンモグラフィーやエコー、MRIなどの術前検査では発見できない微細ながんが残っている可能性がありうるのです。

 そこで、切除した組織の断端を、顕微鏡でがんがないかどうか調べます。そこにがんがなければ、がんをとりきれている可能性は高くなりますが、がんのすべてが連続して広がっているわけではありません。細かく検査をすれば見落としは減らせますがゼロにはなりません。断端にがんがあった場合は、手術後の乳房内の局所再発率が高くなりますが、がんがないと判断された場合でも、手術だけでは20~40%くらいの確率で局所再発するというデータもあります。

 乳がんは放射線に対する感受性が高いので、乳房に放射線をかけることで微細ながんを死滅させることができます。放射線照射により、局所再発率はかけない時の4分の1にまで低下するといわれています。このため乳房温存療法は放射線照射とセットの治療法であると考えるのが一般的です。

取り残しがあるときは再手術

手術によって切除した組織の断端にがんが見つかった場合、原則として再手術をすることになります。その際、乳腺に余裕があればもう1度乳房を温存する方法も可能です。この場合も、再度切除した断端にがんがあるかどうかの病理検査を行い、それでがんがみつからなければOKということになります。乳房をかなり大きく切除し、これ以上取ると美容的に乳房を残す意味が薄れる程度まで切除したにも関わらずがんが断端に残ってしまうような場合は乳房の全摘が勧められます。ただ断端陽性でも放射線をかけることで案外再発しないこともあり、リスクを承知で乳房を残すこともひとつの選択肢にはなりますが、その場合は全摘、乳房再建という別のアプローチとの優劣の比較検討がなされます。

がんは局所再発しても生命予後は変わらない?

誰だって、手術を受けた乳房内に乳がんが再発して平然としていられるわけはありません。たとえ局所であっても、再発=命とりと考えてしまいがちです。ただ、局所再発については、その後の生命には影響しないという考え方もあります。がんで死亡するのは、ほとんどが遠隔転移によるものです。乳がんには早い段階から遠隔転移するものがありますが、遠隔転移するかしないかは、がんとその患者さん個人の免疫の力関係で決まることで、局所再発は生命を左右しないというのです。そして、がんが発見された時点では、遠隔転移するようながんはすでに転移を起こしているので手術方法は予後を左右しないという考え方も成り立ちます(乳がんの全身病説)。一方局所再発した乳がんが新たに転移する能力を獲得することもないとはいえません。最初はおとなしい乳がんだったのに時間的な経過とともに悪性度を増す可能性を否定することはできません。ですから、局所再発を過剰に恐れるのもこれまでのデータからみて適切ではありませんが、極力局所再発を防ぐ努力をしたほうが無難だと考えられています。

Ⓑ乳房切除術 Ⓒ乳房切除術+再建

乳房を全摘した方が望ましいと判断された場合は、乳房切除手術が行われます。この場合は切除のみが行われる場合と、同時に再建手術が行われる場合があります。同時に再建する場合は組織拡張器(エキスパンダー)が多くの場合用いられますが、自家組織(筋肉+脂肪組織)を用いて同時再建を行う場合もあります。

写真は乳房切除のみが行われた方の術後写真です

乳房切除+エキスパンダー再建が同時に行われ、その約半年後にインプラントへの入れ替えが行われた方の写真です。

Ⓓ皮下乳腺全摘術(乳頭・乳輪温存)+再建

乳頭、乳輪の近傍に病変が及んでおらず、さらに皮膚近傍に腫瘍の浸潤がないと判断される場合は、乳頭・乳輪を温存した形の乳房全摘(正確には乳腺全摘)手術が行われます。この手術はより整容的な手術ですが、術前のエコー、マンモグラフィー、乳房造影MRI検査などで、腫瘍の広がりを見極め、この手術で安全と判断される場合に行われることになります。手術中に病理迅速診断を行い、腫瘍が乳頭近傍に及んでないことを確認し、疑われた場合は乳頭と乳輪を切除する方法に術中に変更します。

皮下乳腺全摘(乳頭・乳輪温存)+エキスパンダー再建が同時に行われ、その約半年後にインプラントへの入れ替えが行われた方の写真です。

下の写真は有茎皮弁法と呼ばれる、皮膚、脂肪、筋肉に血管をつけたまま別の部位に移植する方法で乳房再建(広背筋皮弁法)を二期的に行った方の写真です。

自家組織による再建

乳房再建には自家組織による再建と、人工乳房による再建の2つの選択肢があります。どちらが適しているかは、患者さんの元々の体型とがんの手術内容が決め手となります。
自家組織による再建は、患者さん自身の体の一部を使って乳房を再建する方法です。 実際には、腹部の組織を使う「腹(ふく)直筋皮(ちょくきんひ)弁(べん)法」と、背中の組織を使う「広(こう)背筋皮(はいきんひ)弁(べん)法」があります。

有茎皮弁法と呼ばれる、皮膚、脂肪、筋肉に血管をつけたまま別の部位に移植する方法で乳房再建(広背筋皮弁法)を二期的に行った方の写真です。

広背筋皮弁を作成したためにできた傷です

 

腋窩リンパ節の手術

乳腺の組織にはリンパ管がネットワーク状に張りめぐらされており、乳腺内に発生した異物などはこうしたリンパ管を通じて、腋窩にある見張りリンパ節(センチネルリンパ節)に注ぎこまれ

ます。ここからさらにリンパ節がネットワーク状に分布されており(腋窩リンパ節)、生体にとっての異物が処理されていきます。このため乳房に発生したがん細胞もリンパ管を通じてセンチネルリンパ節に集められ、さらにそこから周囲のリンパ節にも運ばれ処理されます。リンパ節ががん細胞を処理できれば問題ありませんが、処理しきれなければ転移が成立します(リンパ節転移)。このためセンチネルリンパ節に転移があれば他のリンパ節にも転移がある可能性が高く、センチネルリンパ節に転移がなければ他のリンパ節はまず大丈夫と考えられます。このような考え方は、【センチネルリンパ節の仮説】と呼ばれ、かなり真実に近いと思われています。今日の乳がん治療の論点のひとつに腋窩リンパ節をどのように取り扱うかという問題があります。

センチネル(見張り)リンパ節生検法

色素や放射性物質を腫瘍の周囲または乳輪部に注入し、その物質が最初に注がれるリンパ節(センチネルリンパ節/通常1~2個=最も転移がみつかる可能性の高いリンパ節)だけを見つけ切除する方法。術中の迅速病理診断で転移が見られれば、腋窩リンパ節郭清に多くの場合切りかえます。後遺症が非常に少ない方法です。腕のむくみはまず起きないとされています。術前の画像検査で少なくとも明らかな腋窩リンパ節転移を認めない患者さんが対象となります。

Ⓕ腋窩リンパ節郭清法

転移の可能性のある腋窩リンパ節(小胸筋の内縁まで)を完全に(系統的に)切除する方法で通常10~30個程度のリンパ節が切除されます。術前の画像診断などで、明らかな腋窩リンパ節転移を認める患者さんがこの手術の適応となります。

○腋窩リンパ節転移の有無の診断および治療(局所コントロール)のためには最も確実な伝統的方法です。

×合併症として、上肢のむくみ、腋の違和感、感覚低下などが一定の頻度で起こります。他覚的な上肢のむくみの発生頻度は20%程度とされています。

乳房内に注入されたアイソトープと同定されたセンチネルリンパ節(リンフォシンチグラフィー)

【コラム】 リンパ節は有害物をとり除くフィルター

人体には血管とは別に、体液の流れであるリンパ管のルートがあります。リンパ管も血管と同様に全身に張りめぐらされていますが、体の要所要所にあるリンパ節で細菌やウイルスなどの有害物や老廃物質をキャッチして排除しています。リンパ節はフィルターの役目をしているわけです。乳房内にもリンパ管が網の目のようにはりめぐらされています。がん細胞も有害物の一つで、リンパの流れにのって、リンパ節へ運ばれていきますが、ここでキャッチされて排除されます。しかし、排除しきれないと、リンパ節ががんに乗っ取られた状態になり、この状態がリンパ節転移だと考えられています。乳がんでは、その多くが乳房に隣接する腋窩リンパ節へ最初に転移しますが、一部は胸の中央にある胸骨傍リンパ節へ転移します。

乳房・腋窩の位置(虎の門病院・乳腺内分泌外科)

 

乳がん手術の合併症について

①   出血

手術は出血を伴います。多量出血することはほぼありませんが、全身麻酔中のなにかあった時に備えて、念のため手術を受ける患者さん全員に輸血同意書をいただいています。手術中は、麻酔により血圧は低く保たれています。術後、血圧がいつもの値に戻った際や、動いた際に、手術中には止血されていた部分から再出血することがあります(後出血)。圧迫による保存的加療を第一に行いますが、場合によっては、再度手術室や外来にて血腫除去・洗浄・止血術を行うことがあり、当院では年間約400件の乳がん手術を行ったうち、1~2件生じています。

②   感染

 創部を十分に消毒して清潔操作で手術を行い、術中・術後に予防的に抗生剤を投与しますが、それでも術後感染を起こすことがあります。術後に創部に痛みを伴う発赤や熱感・発熱があらわれた場合には、抗生剤治療が必要になります。

エキスパンダー再建している場合、感染のコントロールが不十分であれば一時的にエキスパンダーを抜去し、感染コントロールできた後に再度エキスパンダー挿入術を行う場合もあります。退院後も、退院前と変化がないかを創部をよく確認してください。

③   感覚障害

 皮下の細かい神経を切断することによって、創部周囲の感覚は鈍くなります(感覚鈍麻)。腋窩リンパ節郭清を行った場合には上腕内側に感覚鈍麻が起こりえます。また、術後には創部に痛みが生じる可能性があるので、鎮痛剤を積極的に使用し、リハビリを行ってください。

④   熱傷

 手術の際には電気メスを使用します。電気メスの熱によって、皮膚の裏側からやけどをきたすことがあります。かなり軽微な熱傷ではありますが、程度によっては術後に軟膏をぬって対応することがあります。

⑤   皮弁壊死、創縁壊死

 皮膚の血流不良があると、皮膚の一部が壊死してしまい、傷の治りが悪くなることがあります。軽微であればほとんどがそのまま、かさぶたとなり(痂皮化)治癒しますが、広範囲の場合は壊死した部分を切除して再縫合する必要があります。当院では年間約400件の乳がん手術を行ったうち、数年に1件生じています。

⑥   液貯留

 手術部位に、術後より浸出液・リンパ液がたまります。

  • 全摘術や腋窩リンパ節郭清を行った場合

脇の下と前胸部にドレーンといわれる管をいれ、たまる浸出液やリンパ液を体外に出します。排液量が減少した後(術後1週間ほど)、管を抜きますが、その後も浸出液やリンパ液がたまることがあります。

  • 乳房部分切除を行った場合

ドレーンは基本的には入れませんが、手術部位に浸出液やリンパ液がたまることがあります。液貯留した場合は、外来で針をさして、たまった液を抜きます。術後経過とともに、浸出液やリンパ液は産生されなくなるため、徐々に液貯留しなくなってきます。

⑦   リンパ浮腫

 センチネルリンパ節生検や腋窩リンパ節郭清の操作によって、腕からのリンパの流れが分断され、腕が浮腫むことがあります。腋窩リンパ節郭清によるリンパ浮腫のリスクは約30%という報告があります。術前・術後に外来で腕の太さ・可動域を計測し、浮腫みがないか診察します。浮腫みが起きた場合は(二の腕の外側のだるさ、硬さで発症することが多いです)、すぐに担当医にご相談ください。保湿やマッサージ、着圧スリーブなど、対応していきます。予防のためのリンパマッサージは不要ですが、術後のリハビリは重要ですので積極的に行ってください。

⑧   運動障害

 傷のひきつれや痛み、恐怖により、筋肉が硬くなり、腕を動かしにくく感じます。術後は鎮痛薬を適宜使用しながら、段階的にリハビリをすすめていきましょう。