乳がんの進行期と性質

乳がんの病期分類(ステージング)について

乳がんの病期分類(ステージング)は、がんの進行度や広がりを評価し、適切な治療計画を立てるための重要なプロセスです。乳がんの病期は、国際的に使用される「TNM分類」に基づいています。TNM分類では、腫瘍の大きさ(T: Tumor)、リンパ節への転移(N: Node)、遠隔転移の有無(M: Metastasis)の3つの要素に基づいて乳がんの進行度が決定されます。この病期分類により、0期からIV期までの5つのステージに分類され、各ステージごとに異なる特徴や治療方針が定められます。

以下に、乳がんの病期分類とその特徴を解説します。

1. TNM分類の概要

TNM分類は、乳がんの進行度を評価するために使用される主要な基準です。それぞれの要素について詳しく見てみましょう。

1.1 T(Tumor):腫瘍の大きさと広がり

Tは腫瘍の大きさや乳房内での広がりを示します。Tは以下のように分類されます。

  • Tis(Carcinoma in situ):非浸潤性のがん、すなわち乳管内や小葉内にとどまり、周囲の組織には広がっていない状態です。これには、乳管内がん(DCIS: Ductal Carcinoma In Situ)や小葉内がん(LCIS: Lobular Carcinoma In Situ)が含まれます。
  • T1:腫瘍の大きさが2cm以下である場合。T1はさらに細かく以下に分類されます。
    • T1a:腫瘍が0.1cm以上、0.5cm以下
    • T1b:腫瘍が0.5cmを超え、1cm以下
    • T1c:腫瘍が1cmを超え、2cm以下
  • T2:腫瘍の大きさが2cmを超え、5cm以下
  • T3:腫瘍の大きさが5cmを超える
  • T4:腫瘍が胸壁や皮膚に浸潤している場合。これには、炎症性乳がん(T4d)も含まれます。

1.2 N(Node):リンパ節転移の有無

Nは、がん細胞が近くのリンパ節に転移しているかどうかを示します。乳がんでは主に腋窩(わきの下)のリンパ節への転移が問題となります。Nは以下のように分類されます。

  • N0:リンパ節への転移が認められない場合
  • N1:腋窩リンパ節に転移があるが、リンパ節は癒着していない場合
  • N2:腋窩リンパ節が癒着している、または内胸リンパ節(胸骨の近く)に転移がある場合
  • N3:鎖骨上リンパ節または胸骨の周囲のリンパ節に転移がある場合

1.3 M(Metastasis):遠隔転移の有無

Mは、がんが乳房やリンパ節以外の臓器や組織に転移しているかどうかを示します。

  • M0:遠隔転移が認められない場合
  • M1:がんが骨、肺、肝臓、脳などの他の臓器に転移している場合

2. 乳がんの病期分類

TNM分類をもとに、乳がんは以下の5つのステージに分類されます。各ステージはがんの進行度を反映しており、それぞれの治療方針や予後に影響を与えます。

2.1 0期(ステージ0)

0期乳がんは、がんが乳管内や小葉内にとどまっており、周囲の乳腺組織には浸潤していない非浸潤性乳がんです。この段階のがんは、まだリンパ節や他の臓器には転移しておらず、比較的予後が良好です。

  • 乳管内がん(DCIS: Ductal Carcinoma In Situ):乳管内で発生する非浸潤性がんです。早期に発見されると、乳房温存手術や全摘手術で完治する可能性が高いです。
  • 小葉内がん(LCIS: Lobular Carcinoma In Situ):乳腺の小葉内で発生する非浸潤性がんで、がんというよりは乳がんのリスクが高い状態を示すものです。LCIS自体が進行して浸潤がんになることは少ないですが、将来的な乳がんのリスクが高いため、定期的なフォローアップが推奨されます。

2.2 I期(ステージI)

I期乳がんは、腫瘍が2cm以下で、リンパ節への転移がない、または少数の転移がある段階です。このステージではがんが早期であるため、治療によって高い確率で治癒が期待できます。

  • 特徴:腫瘍は小さく、がんは乳房内に局限されています。治療には、乳房温存手術や全摘手術、放射線療法、ホルモン療法、化学療法が含まれます。
  • 予後:ステージIの乳がんは、早期発見されることで治癒率が非常に高く、適切な治療を受けることで再発リスクも低減します。

2.3 II期(ステージII)

II期乳がんは、腫瘍がやや大きくなり、または腫瘍が小さいが近くのリンパ節に転移している段階です。がんがまだ局所的であり、手術や補助療法による治療が可能です。

  • 特徴:腫瘍が2cmを超え、5cm以下である(T2)、または腫瘍が2cm以下でも腋窩リンパ節に少数の転移が見られる場合(N1)が含まれます。
  • 治療:乳房温存手術または全摘手術に加え、化学療法やホルモン療法、HER2陽性の場合は分子標的療法が行われます。リンパ節転移がある場合には、腋窩リンパ節の郭清や放射線療法も併用されます。

2.4 III期(ステージIII)

III期乳がんは、局所的に進行したがんで、腫瘍が5cmを超えるか、リンパ節への大規模な転移が認められる段階です。また、胸壁や皮膚に浸潤した場合もこのステージに含まれます。

  • 特徴:腫瘍が大きく、腋窩リンパ節や鎖骨上リンパ節に転移が広がっている(N2またはN3)。がんはまだ遠隔転移はしていないが、局所的に高度に進行しています。
  • 治療:III期乳がんでは、通常、手術前に化学療法(ネオアジュバント化学療法)を行って腫瘍を縮小させ、その後、手術や放射線療法を実施します。化学療法に加え、ホルモン療法や分子標的療法が行われることが多いです。
  • 予後:治療によって局所的な制御が可能ですが、再発や遠隔転移のリスクが高いため、集中的な治療とフォローアップが必要です。

2.5 IV期(ステージIV)

IV期乳がんは、がんが乳房やリンパ節を越えて、遠隔転移を起こしている段階です。遠隔転移は、骨、肺、肝臓、脳などの臓器に広がることが多く、全身性の病気として扱われます。

  • 特徴:がんが乳房や近くのリンパ節を超えて、体の他の部位に転移している(M1)。この段階では、がんは治癒不可能とされ、主に症状の緩和や生存期間の延長を目指した治療が行われます。
  • 治療:IV期乳がんの治療は、がんのタイプや転移の場所に応じて個別化されます。ホルモン受容体陽性であればホルモン療法、HER2陽性であれば分子標的療法が用いられ、これに加えて化学療法や放射線療法も行われます。治療の主な目的は、がんの進行を遅らせ、生活の質を維持することです。
  • 予後:IV期乳がんは完全な治癒は難しいですが、近年の治療法の進歩により、生存期間の延長や生活の質の向上が期待できるようになっています。

3. 病期分類に基づく治療方針

乳がんの病期分類に基づいて、個別化された治療が行われます。早期の病期では、手術や局所療法が中心となり、進行した病期では、全身療法が重要な役割を果たします。どの病期においても、治療後のフォローアップが重要であり、再発リスクの管理や患者の生活の質の向上を目指して継続的なケアが行われます。

4. まとめ

乳がんの病期分類は、がんの進行度や広がりを評価し、適切な治療計画を立てるための重要な手段です。病期によって治療方針は大きく異なり、個別化されたアプローチが求められます。早期発見と適切な治療により、乳がんの治癒率は向上しており、進行がんに対しても新しい治療法の開発が進んでいます。

以上、2024年11月作成


虎の門病院

早期がんはⅠ期まで

乳がんの治療法は、がんの進行期と乳がんの性質によって決まってきます。
以前は、進行期が治療法を決める要@かなめ@でしたが、現在は乳がんの個別化治療が進み、乳がんの性質がより重視されるようになっています。
表のように、乳がんはシコリの大きさとリンパ節転移の有無、遠隔臓器への転移があるかどうかで、8つのステージに分類されています。
0期は乳腺内にとどまるがんで、「非浸潤がん」と呼ばれます。シコリが2センチ以下でリンパ節転移がないのがⅠ期です。ここまでを早期がんということもあります。
Ⅱ期は、シコリの大きさとリンパ節転移の有無でⅡA期とⅡB期に分かれます。Ⅲ期は局所進行がんです。シコリの大きさが5・1センチ以上で、脇の下のリンパ節に転移があるのがⅢA期です。B、C期は、シコリの大きさと関係なく、どの部位のリンパ節に転移があるか、がんが皮膚などに食い込んでいるかどうかで決まります。
Ⅳ期は、肺や骨など遠くの臓器に転移している状態です。

個別化治療とがんのサブタイプ

一方、現在、治療の上で注目されているのは、がんの性質をあらわすサブタイプという分類です。
分子レベルでがんの研究が進んだ結果、乳がんは遺伝子レベルで5つのタイプ(型)に分かれることがわかりました。ただ遺伝子検査は煩雑で実用的でないため免疫染色を用いて簡便に5つのサブタイプに分類することが一般的になっています。この分類により薬物療法の効果を予測できるようになりました。
ホルモン療法は、エストロゲン受容体が陽性ならば、効果があります。分子標的治療薬のトラスツズマブは、HER2@ハーツー@受容体が陽性ならば効果があります。
ルミナルA型は、ホルモン療法は効くのですが、HER2受容体が陰性なので、分子標的治療薬のトラスツズマブは効かないタイプです。がんは、元の細胞に近い顔をしている(高分化型)ほどタチがよいといわれます。ルミナルA型は分化度も高く、全般的にがんとしてはおとなしいタイプといわれています。乳がん患者さんの約5割はこのルミナルA型に分類されます。
これに対して、ルミナルB(HER2陽性)型はどの治療も効果が期待できます。といえば、非常に治りやすくみえますが、薬物治療がなければ成績の悪いタイプですが適切な治療で成績は良くなりました。ルミナルB(HER2陰性)型はルミナルA型に似ていますが、がんの増殖能が高く、再発率が高く、抗がん剤が有効という特徴を持ちます。ルミナルAとBはKi67という増殖マーカーのスコアで分類します。14%以下がA型、14%より高値をB型と分類しています。(2011年3月ザンクトガレン国際会議)
HER2陽性のタイプは、以前は非常にタチが悪いといわれていましたが、いまはこのタイプに効くトラスツズマブができたので、かなり治療成績がよくなりました。
問題は、どの受容体も持たないトリプルネガティブ型です。このタイプは、ホルモン剤もトラスツズマブも効かないため、治療がむずかしい乳がんといわれています。しかし、現在、世界中でこのトリプルネガティブの乳がんを何とかしようと研究が進んでいます(●ページ)。

進む個別化治療

前述の細胞増殖に関与するKi67というタンパクの発現量は、乳がんの悪性度を見る指標になるとともに、抗がん剤の効果予測に役立ちます。がん細胞の分化度なども、がんの性質を知る大きな手がかかりです。閉経前か閉経後か、リンパ管や血管に浸潤しているかいないか、脇の下のリンパ節転移があるかどうか、などもがんの性質を知る重要なポイントです。
こうした性格から、乳がんをこまかく分類し、それぞれに合った治療法や治療薬を選択するのが、乳がんの個別化治療です。特に、遺伝子によるがんの解析が進み、今後ますます細分化されていくものと思われます。
自分のがんはどのタイプなのか、治療を受けるにあたってきちんと理解しておきましょう。
(乳がん進行期、サブタイプ図表)