乳がんの進行期と治療法

乳がんの進行期と治療法

ⅢA期までは手術が中心

 乳がん治療では、がんの個性と進行期が治療法を決定する2大要素になります。
 ホルモン感受性やHER2受容体の有無、悪性度、増殖能などが、乳がんそれぞれの個性になります。これについては、すでに各治療法で説明をしましたので、ここでは進行期ごとに治療法を見ていきましょう。
 乳がんの進行期は、○ページのように8つの段階に分けられます。0期は、まだ乳管から発生したがんが乳管の中にとどまっている段階です。周囲に浸潤していないので、非浸潤がんといわれます。がんが、乳管や小葉の外に滲@し@み出すように広がりはじめると、たとえ数ミリの大きさでも浸潤がんと呼ばれます。
 この中で、Ⅰ期からⅢA期まで、つまりがんの大きさに関係なく、リンパ節転移が脇の下の腋窩@えきか@リンパ節か胸の内側のリンパ節にとどまっている間は、手術が基本的な治療法になります。浸潤がんになると、血液やリンパ節に乗って、すでにがんの芽がタンポポの綿毛のように全身に散らばっている危険があります。そこで、乳房温存手術を受けた人も、乳房切除になった人も、手術後には再発予防のために薬物療法による術後補助療法が行われるのが基本です。なお術前に数ヶ月間抗がん剤やホルモン療法を行う場合もあります

ⅢB期以降は薬物療法中心

 もう少し進んで同じⅢ期でも、ⅢB期、ⅢC期になると、胸壁にがんが広がったり、鎖骨近くのリンパ節に転移があり、より全身的な薬物療法が治療の中心となります。通常は抗がん剤が最初と治療として選択されるケースが多いですが、病状により手術が可能なら手術先行となるケースもあります。
 さらに、遠隔転移@えんかくてんい@(乳房とは離れた臓器に転移すること)を起こしたⅣ期になると、全身のがんがターゲットとなり、ホルモン療法や抗がん剤による薬物療法が中心になります。必要に応じ、局所コントロールを目的とした手術が行われます。

0期(非浸潤がん)の治療

以前は乳房切除が中心

 0期は、まだがんが乳管内にとどまっている非浸潤がんです。シコリとして触れることは比較的少なく、マンモグラフィで「微細石灰化」として発見されたり、超音波検査でごく小さな腫瘤として発見され、生検でがんと診断されたものが中心です。
 つまり、0期は超早期のがん。浸潤がんでも乳房温存療法ができるのですから、非浸潤がんなら乳房温存療法は当然で、もっと小さな手術でも治るのではないか、と考える人が多いのではないでしょうか。
 ところが、浸潤がんに乳房温存療法が導入された後も、0期の乳がんはむしろ乳房を切除する乳房切除術が一般的だったのです。非浸潤がんは、まだ乳管の外には出ていませんが、そのかわり乳管内に病変が広く分布していることが多く、がんの部位を局所的に切除する乳房温存療法では取り残しの危険がある、と考えられていました。
 これまでの経験から、非浸潤がんを取り残した場合、その半数は浸潤がんとして再発してきます。もちろん、発見された時点でまた手術をするなど治療を行えば、その多くは治ります。しかし、乳房切除術で取ってしまえば確実に治るがんで、万が一命を落とすようなことがあってはならないと考え、乳房温存の慎重論が強かったのです。

センチネルリンパ節生検も必要

 しかし、幸い現在では、MRI、超音波検査、マンモグラフィーなどの画像診断が進歩し、がんの広がりをかなり正確にとらえられるようになってきました。また治療データが蓄積されてきたこともあり、非浸潤がんでもがんが広範囲に分布していなければ、積極的に乳房温存療法が行われています。
 乳房温存療法で病巣を摘出したあとに乳房に放射線照射を行うのは、基本的には浸潤がんの手術と同じです。放射線照射によって、乳房内の局所再発を防ぐことができます。
 では、センチネルリンパ節生検はどうでしょうか。非浸潤がんは、乳管内にとどまるがんなので、理論的には転移のおそれはないはずです。ところが、実際には、わずかですが腋窩リンパ節転移をともなう例が報告されています。これは、一部にごくわずかな浸潤があったためと見られています。また非浸潤がんといっても実際には手術後に初めてその診断が確定され、手術をしてみたら浸潤がんであったというケースも少なくありません。そのため、腫瘍の範囲が広い場合、またがんの顔つきが悪い場合、乳房全摘が行われる場合など、多くの場合で、乳房の手術と同時にセンチネルリンパ節生検を行います。

 乳房温存手術後は、ホルモン感受性が陽性ならば、タモキシフェンを再発予防のために5年間服用することも治療の選択肢になりますが、一般的には術後の薬物療法は行いません。
 悪性度の低い、小さな病変などを中心に非浸潤がんの中には、そのまま大きくならずに終わってしまうものもあると考えられています。過剰診断、過剰治療という問題ですが、がんの早期診断に関わる重大な問題です。診断技術の進歩とデータの蓄積で一歩ずつ解決していくことが期待されています。(図:非浸潤がん治療の流れ)

1期・Ⅱ期・ⅢA期の乳がん治療

乳房温存が基本です

 自己検診などで、シコリに気づいて見つかることが多いのが、Ⅰ期とⅡ期の乳がんです。日本では、この時期に乳がんが見つかる人が一番多いといえます。
 がん組織がすでに乳管や小葉の外に出ているので浸潤がんですが、まだリンパ節転移はないか、あっても脇の下の腋窩リンパ節に限られています。さらに、Ⅲ期のうち、まだリンパ節転移が脇の下の腋窩リンパ節か胸の内側など乳房近くのリンパ節に限られているのが、ⅢA期です。
 Ⅰ期、Ⅱ期では、60~70%の患者さんが乳房温存療法の対象となります。乳房温存療法の適応になるかどうかは、がんの大きさと乳房の大きさのバランスによります。3センチのがんでも、周囲に1~2センチの余裕(マージン)をとって切除すれば、5~7センチ切除することになります。日本人の場合、欧米人と違って、5~7センチの固まりを切除しても乳房の形が崩れない人は、そう多くはありません。そのため、3センチ以下の乳がんが乳房温存療法の適応の一応の目安にはなっています。
 しかし、あくまでも乳房の大きさとがんの大きさのバランスが重要で、また単純なしこりの大きさより、乳房周辺への広がりがあるかが重要なため、大きさは参考程度と考えられています。
 また、乳房温存療法が開始された当初は、乳頭部から何センチ以上離れていなければならない、といった基準も検討されていましたが、乳頭を一緒に切除する乳房温存という選択肢もあり、現在はあまり問題にされていません。
 がんが乳房にくらべて大きすぎる場合、術前の化学療法、あるいはホルモン療法を行い、がんを小さくしてから乳房温存手術をする方法もあります。いずれにせよ、がんを確実に切除でき、美容的に乳房を残せるなら、乳房温存療法の適応とされ、それが叶わぬなら乳房切除が選択されます。乳房を切除することは、女性にとって大きな精神的苦痛をともないますが、単純に乳房を切除するだけではなく、乳房再建の技術も進歩しており、どちらがより安全で、美容的かという観点から様々な肉体的、経済的負担の問題も加味して選択されます。
最近アメリカを中心に家族性乳がんの問題がクローズアップされ、乳房切除率が上昇する傾向にあります。ステージ1,2での乳房温存療法と乳房切除術の治療効果は一定の基準を満たせば同等と考えられ、その裏付けとなるデータもしっかりしています。しかしながら、乳がんになりやすい体質への対処のため、片側のがんと診断された時点で同時に両方の乳房を切除して再建するという選択が増えてきています。
日本では遺伝性乳がんへの対応がまだ始まったばかりで、この分野の研究は遅れています。しかしながら、乳がんを克服した患者さんの対側の乳がんの発生が多いという事実を目の当たりにするとこの問題が極めて重要であることが実感されます。乳房を安全に美容的に残して治療するというテーマと、乳がんの予防のため健康な側の乳房も切除するというテーマは一見矛盾するように思われますが、我々が乗り越えていかなければならない重要な課題です。
とはいえ現状の日本ではまだデータの蓄積が不十分で、対側の予防切除は実際の治療の選択肢に挙がってはいません。あくまで病気にかかった側の手術をどうするかが今は問題です。乳房を残せるか、全摘した方がいいのか微妙なケースは少なくありません。このため自分の希望を担当医にきちんと伝え、それぞれのリスクとメリットを聞いた上で判断することが大切です。

術前化学療法を行うことも

 現在、日本では、すべての乳がん患者さんの50%程度が乳房温存療法を受けていると見られます。乳房温存療法がこれまで増えてきた要因としては、早期診断により乳房温存が可能な段階で乳がんと診断される患者さんが増えたこと、術前療法の手法により、比較的大きながんでも乳房温存が適応されるようになったことが挙げられます。一方で乳房MRIなど画像診断の進歩により、乳房内の副病変が術前検査で指摘され、全摘手術が増えるという要因もありMRI検査自体の必要性が海外では議論となっています。
 Ⅱ期やⅢA期で、がんが乳房にくらべて大きすぎるという理由で乳房温存療法の適応とならない場合は、術前化学療法を行うことで、温存が可能になる場合が少なくありません。臨床試験では、術前化学療法を行った結果、7%温存率が向上したという報告があります。ⅢA期でも、30~40%の人は温存が可能です。
 また、術前化学療法によって、がんが消えてしまう(病理学的完全奏効)人も少なからずいることがわかっています。その場合は、治癒率も高くなります。
 術前療法では、術後に再発予防のために行う薬物療法で使用される薬と同じ薬を使います。たとえば、

●HER2が陽性ならば、分子標的治療薬(トラスツズマブ)と抗がん剤の併用治療を6カ月(点滴)
●トリプルネガティブならば、抗がん剤を6カ月(点滴)
●ホルモン受容体が陽性で、閉経後であれば、アロマターゼ阻害薬を3~6カ月服用

 といった形です。詳細は、術後の薬物療法を参照してください(○ページ)。術前の薬物療法は、基本的には外来通院で行うことができます。
 術前療法を行うことによって、特に抗がん剤の場合、がんの70~90%は奏功します。しかし、同じように縮小した場合でも、一カ所にギュッとまとまるように小さくなるものは温存しやすいのですが、バラバラに分かれて縮小した場合には、乳房温存は結局困難となります。こうした縮小パターンは、ある程度治療開始前に予想できることであり、がんが縮小したといっても、全員が温存可能になるわけではないことも知っておく必要があります。
 ただし、温存はできなくても、使った抗がん剤が効いたことは証明されていますので、その結果は術後補助療法などの薬物療法の選択に役立つ情報となります。また術前療法の最大の目的はあくまで目に見えない微小転移を根治させることにあります。

センチネルリンパ節生検

 乳房温存療法でも乳房切除術でも、腋窩リンパ節に転移があるかどうかを確認するために、センチネルリンパ節生検を行います。センチネルリンパ節に転移がなければ、リンパ節郭清の必要はありません。
 乳房温存療法は、乳房温存手術後に放射線照射を行うことが必須です。センチネルリンパ節に転移がみられた場合の対処は前述(●●ページ)のように現在の手術の論点の一つです。乳房切除術では、センチネルリンパ節生検が陽性の場合には、腋窩リンパ節の郭清を行います。その結果、リンパ節に4個以上の転移があれば、やはり放射線照射が必要と考えられています。
 いずれの手術でも、浸潤がんの場合は、すでにがんの芽が全身に散らばっている可能性がありうるので、術後には再発予防のために、それぞれのがんの個性に応じた術後補助療法(○ページ参照)が行われます。

(図:浸潤がん治療の流れ)

ⅢB期、ⅢC期(局所進行がん)の治療

手術は可能な限り行う

 Ⅲ期は、局所進行がんといわれ、特に以前は手術できるかできないかの境目のステージとされてきました。ⅢA期ならば手術が基本ですが、ⅢB期、ⅢC期になると手術はむずかしいことが多く、また結局再発するため手術の効果もはっきりしないとされてきました。今では、各種薬物療法、放射線療法を併用したいわゆる集学的治療の一貫として手術が行われ、また可能になってきており、その治療成績も向上しています。
 がんの大きさに関係なく、乳房表面の皮膚にがんが食い込んでただれていたり、がんがのぞいている、あるいは胸壁にガッチリとシコリが固定されているような場合は、ⅢB期です。
 炎症性乳がんも、このⅢB期に分類されます。炎症性乳がんは、シコリは触れませんが、乳房が赤みをおびてはれ、熱っぽくなり、いかにも炎症が起きているように見えます。はれて毛穴が目立つこともあり、乳腺炎とまちがいやすいがんです。発生率は1~2%ですが、発見時にはすでにかなり進行していることが多く、以前は治療のむずかしいがんでしたが、集学的な治療をすることにより、成績の改善がみられています。
 炎症性乳がんも含めて、この段階では全身にがんが散らばっている可能性が高いので、まず、抗がん剤による化学療法を行います。がんの性質を見て、HER2受容体が陽性ならば、分子標的治療薬・トラスツズマブも加えて治療を行います。
 その結果、がんが小さくなったり、リンパ節のはれが縮小して手術が可能と判断されれば乳房切除術、がんが胸の筋肉にまで浸潤していれば、乳房といっしょに胸筋の一部も切除する手術を行います。炎症性乳がんの場合も同じですが、たとえ薬物療法の効果が出て手術が可能になったとしても、乳房温存療法は、局所再発率が高いので通常はすすめられません。
 手術後は放射線療法を行い、さらにがんの性質に応じた薬剤を選択して術後補助療法を行うなど治療コンセプトは他のステージと同じです。抗がん剤による化学療法の効果がなければ薬剤を変更したり、引き続き放射線治療を行うこともあります。
 このステージの治療の中心は薬物療法で、それに手術や放射線治療も総動員して治療を行うというのが基本です。

ⅢC期も薬物療法中心

 鎖骨@さこつ@の上下にあるリンパ節に転移しているのがⅢC期です。鎖骨周囲のリンパ節は、脇の下や胸のリンパ節とくらべ乳房から離れているので、それだけ転移が進んでいるといえます。
 したがって、全身に散ったがん細胞を治療するという意味で、薬物療法が基本となります。生検で調べたがんの性格をもとに、ホルモン療法や抗がん剤、分子標的治療薬を使います。すべての治療法を総動員して治療にあたるという点は、ⅢB期と同様です。

コラム 乳がんの治癒率

 乳がんは比較的進行が遅いがんで、10年を過ぎて再発することも少なくなく、20年以降の再発もまれではありません。とくにルミナルAタイプのホルモン受容体が強陽性でがんの顔つきのおとなしいものにその傾向が見られます。がんは5年生存率を治療成績の目安にするのですが、乳がんの場合は10年生存率で見ます。
 0期の非浸潤がんであれば、100%近く治ります。Ⅰ期でも、10年生存率は90%以上の報告が多いのですが、10年の段階で再発して生存されている方もおり、またそれ以降の再発も少ないため、臨床試験ベースの治療成績は出せても、全体のステージ別の治癒率というのはなかなか把握が困難です。